我が家では、毎年のポケモン映画を観にいくのが恒例です。名探偵コナンとクレヨンしんちゃんも入れて、この3本は欠かせません。
ポケモンの映画のなかで、私がとくに大事にしているのが2本あります。「ミュウツーの逆襲」と、「キミにきめた!」です。とくに「ミュウツーの逆襲」は、小学生のころに映画館で観て、大人になってからも何度も見返している一本です。
「ミュウツーの逆襲」の問い
「劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲」は1998年に公開されました。人の手でつくり出されたミュウツーが、「自分を生んだのは誰だ」「自分が生きて何になる」と問いながら暴れていく話です。
子ども向けの映画なのに、扱っているのは「生まれてきた意味」という、大人でも答えに詰まる問いです。だからきっと、大人になってからも観たくなるのだと思います。物語の終わりで示されるのは、生まれ方や役割ではなく、「今ここに生きている」こと自体に価値がある、というメッセージだと私は受け取っています。
これは、私が絵を通して伝えたいことと、ほとんど同じです。どんな形で生まれても、どんな状況にいても、存在していること自体がもう十分に価値がある。ミュウツーの物語は、それを小さいころの私に教えてくれました。
「キミにきめた!」のピカチュウ
「キミにきめた!」は2017年、アニメ20周年の記念作です。サトシとピカチュウの出会いを描き直した映画で、終盤に、サトシがピカチュウに「モンスターボールに入っていて」と言う場面があります。ピカチュウはボールに入らず、その理由を口にします。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、あの場面のピカチュウの言葉を思い出すと、今でも泣きそうになります。誰かと一緒にいたい、という気持ちに、理屈はいらないのだなと思います。
生きがいは、大きな話ではないのかもしれない
「生きがい」や「ウェルビーイング」という言葉は、少し大げさに聞こえることがあります。でもポケモンの映画が描いているのは、もっと素朴なことです。ここにいること。誰かと一緒にいること。その事実を、ちゃんと味わえること。
私が絵に込めたいのも、そういう感覚です。飾った部屋で、ふと目に入ったときに、「私はここにいていいんだ」と思えるような。大げさな言葉にしなくても、色と形で、そっと手渡せたらいいなと思っています。
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