
山形に、蔵王の御釜という場所があります。
わたしは昔からここが好きで、頭の中がいっぱいになった時に、よく足を運びます。
行くたびに感じることと、御釜のまわりに重なっている歴史を、書いておきます。
登っていくと、日常から切り離されていく
御釜へ向かって山を登っていくと、街の景色が遠ざかり、空が近くなります。携帯の電波も、だんだん届きにくくなります。
「浄化」という言葉とは少し違うのですが、頭のてっぺんから足元まで、体の中を上から下へスキャンされて、知らないうちに溜まっていたものを消してもらうような感覚があります。
何かを足してもらうというより、余計なものが小さくなって、自分の中心に戻る。わたしにとって、そういう場所です。

御釜という湖
蔵王の御釜は、蔵王連峰の五色岳にある火口湖です。火山活動によって生まれた湖で、天候や光の加減で水の色が変わることから「五色沼」とも呼ばれます。
釜のような形にたまった水を見下ろす場所には、刈田嶺神社の奥宮があります。
伊達宗高公の「命願」
御釜の近くに、「伊達宗高公命願之跡」という碑があります。
伊達宗高は、伊達政宗の七男です。今からおよそ400年前、蔵王で噴火が起こり、山麓の人々が被害を受けたとき、宗高は蔵王に登り、山頂で噴火が鎮まるよう祈ったと伝えられています。
宗高はその後、20歳という若さで亡くなりました。後世の人々は、宗高が自らの命をかけて人々を救おうとしたと受けとめ、その「命願」を語り継いできました。
何気なく見ていた御釜の周辺に、自然と人と信仰の長い時間が重なっていたことを、わたしも最近になって知りました。
御釜を見て、神社にお参りして、甘酒を飲む
御釜を見る。刈田嶺神社にお参りする。そのあと甘酒を飲む。これがわたしの定番のまわり方です。ここの甘酒は、しっかり甘くて、とても好きな味です。
色や光を受け取って一枚の絵にする仕事をしていると、こういう場所で見た色が、時間が経ってから作品の中に出てくることがあります。
紅葉のピークと晴天が重なった蔵王は、山そのものが大きな一枚の絵のようになります。山頂付近は、例年9月下旬ごろから色づき始めます。
【参考情報、引用元】
蔵王町観光物産協会(蔵王の御釜/刈田嶺神社)
Wikipedia(御釜 (蔵王連峰)/伊達宗高)
やまがたへの旅(山形県公式観光サイト・蔵王)
https://www.zao-machi.com/
https://ja.wikipedia.org/wiki/御釜_(蔵王連峰)
https://yamagatakanko.com/
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