創作が、人を支えたとき ― チャーチルさん、マティスさん、草間彌生さん

創作が、本人が生きていく支えになった。

そういう例が、いくつも残っています。三人のことを書きます。

ウィンストン・チャーチルさん ― 40歳で、絵を始めた

チャーチルさんは、第一次世界大戦中の1915年、海軍大臣の職を追われました。ガリポリの戦いがうまくいかなかった責任を問われてのことです。

その時期に、40歳で絵を描き始めました。美術の教育は受けていません。以後、およそ50年のあいだに500点を超える作品を残しました。

チャーチルさんには重い気分の落ち込みの時期があったと伝えられています。絵を描くことが、その慰めになっていたのではないでしょうか。1920年代に書いたエッセイ『Painting as a Pastime(趣味としての絵画)』に、その考えがまとめられています。

アンリ・マティスさん ― 手術のあと、はさみで

マティスさんは1941年、72歳のときに十二指腸がんの手術を受けました。手術は成功しましたが、体力が落ち、それまでのようにイーゼルの前に立って油絵を描くことが難しくなりました。

一日の大半をベッドか車椅子で過ごすようになったマティスさんがたどり着いたのが、「切り紙絵」です。助手に色を塗らせた紙を、自分ではさみで切り抜いていく方法でした。

体が動く範囲は狭くなっていました。そのなかで、新しいやり方を見つけたことが、晩年の代表作につながりました。

宮古島の夕暮れ
宮古島の夕暮れ。色は、体の状態が変わっても受け取れます ― Photo by Mermaid nao

草間彌生さん ― 作り続けることが、生きる方法だった

草間彌生さんは、1977年に、自分から東京の精神科病院に入りました。以後、昼は病院から近くのアトリエへ通って制作し、夜は病室に戻る生活を続けました。

自伝で草間さんは、毎日、痛みや不安や恐怖と向き合っていて、それをやわらげる方法は作り続けることだけだ、と書いています。「芸術という一本の糸をたどって、生きていける道をようやく見つけた」という言葉も残しています。

草間さんは2026年8月に97歳で亡くなりました。晩年まで、ほぼ毎日、制作を続けていました。

上手いかどうかではなく

三人に共通しているのは、絵が「作品として優れているか」より前に、本人が日々を続けるための行為だったことです。

チャーチルさんは職を失った時期に、マティスさんは体が動かなくなった時期に、草間さんは病と生きるなかで、手を動かしていました。

色や形をつくることには、そういう働きがあります。Mermaid nao が届けたいのも、飾って美しいだけの絵ではなく、あなたが自分の輪郭を思い出せる一枚です。額装を含めてお届けしています。


【参考情報、引用元】

America's National Churchill Museum(Winston Churchill The Artist/Passion for Painting)
Draw Paint Academy(Sir Winston Churchill - Painter and Prime Minister)
イロハニアート(マティスさんが切り紙絵で手に入れたもの。癌からたどり着いた自由な創作)
美術手帖(マティスさんの「切り紙絵」を楽しむための10の切り口)
日本経済新聞(草間彌生さん死去 不屈の精神、入院先から通い続けたアトリエ)
家庭画報(草間彌生さん「自己消滅」と「自己愛」の狭間で変化していく作品の魅力)


関連記事

PERSONAL ORDER ART / BUSINESS ART

あなたの「大切にしたいこと」を、色と光を重ねた一枚の原画に。
山形のアトリエから、額装とレターを添えてお届けします。
個人の方も、事業の方も。まずは無料のご相談(オンライン約20分)から。

オーダーについて見る 作品を見る

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Xでフォローしよう

おすすめの記事