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生命の根源的な喜びと表現の深い結びつき
私たちが生きるこの世界において、美しい表現や創造的な活動は、人々の心と体を根本から健やかに保つ重要な役割を担うようになってきました。私は、「人は幸せになるためにのみ、この世に送り出された」という揺るぎない確信を持ち、愛と喜びを生命維持に不可欠なものとして表現し続けている人間です。表現とは、単に色や形を鑑賞するものではなく、あなたという存在を絶対的な価値として全肯定するための温かなエネルギーのやり取りだと考えています。
近年、日本国内においても、表現の力が人々の心を支え、社会全体を明るく照らす素晴らしいニュースが次々と報告されています。
1つ目の嬉しいニュースは、2024年10月16日に東京国立博物館にて開幕した建立150年記念の特別展「はにわ」に関する出来事です。この展示では、古代の人々が素朴な土の造形に込めた命の喜びや祈りの形が公開されました。何千年も前に作られた愛らしい造形が、現代を生きる私たちの心に深い安らぎと温もりをもたらし、時代を超えて人間の幸福を支える表現の力が証明された素晴らしい機会となりました。
2つ目の素晴らしい出来事は、2024年9月14日に兵庫県の神戸市立博物館にて特別展「デ・キリコ展」が開幕したニュースです。この展覧会では、現実と幻想が交差する不思議で魅力的な表現が紹介されました。日常の風景を全く新しい視点から捉え直す作品群は、訪れた多くの人々の想像力を大きく刺激し、凝り固まった思考を解き放つことで、精神的な豊かさを与える極めて意義深い時間となりました。
3つ目の喜ばしいニュースは、2024年10月8日に京都府の京都国立博物館にて特別展「法然と極楽浄土」が開幕したことです。平安時代から鎌倉時代にかけての人々が、深い苦悩の中でどのように精神的な安らぎを求め、豊かな美の世界を描き出したのかが公開されました。極楽浄土という究極の平穏を願う心が生み出した壮麗な表現は、現代社会を生きる人々の心にも深く響き、生きる希望と心の調和をもたらす温かな光となりました。
この記事を読んでくださっているあなたは、ご自身の人生における「生きがい」や「生きている意義」、「喜び」や「感動」をとても大切にされており、より自分らしい人生を心から楽しみたいと願っていらっしゃるのではないでしょうか。日々を懸命に歩み、見えない世界と現実の世界の両方を大切にする中で、心の奥底で本当の豊かさを探し求め、さらに一段高い次元での生命の歓喜を味わいたいと感じておられることと思います。
美しいものに触れ、心身の調和を整えることは、決して一部の人にだけ許された特別なことではありません。それは、私たちが本来持っている生命のエネルギーを呼び覚まし、毎日を健やかに、そして笑顔で生き抜くために必要不可欠な栄養分なのです。この記事を読むことで、あなたはご自身の内側にある豊かな感性に気づき、日常のあらゆる場面に散りばめられた美しさを受け取る力が高まります。そして、アートとウェルビーイングという2つの要素がどのように重なり合い、あなた自身の人生を輝かせるのかを深く理解していただけるはずです。
19世紀のフランスで活躍した偉大な小説家であるスタンダール氏は、美しさと人間の心について、このような言葉を残しています。
「美は幸福の約束にほかならない」
スタンダール氏は、激動の時代を生きた自身の経験を通じて、人間の感情の動きや恋愛、そして芸術がもたらす影響を深く探求しました。彼にとって、美しい音楽や絵画、あるいは魅力的な風景に触れる瞬間とは、単なる視覚や聴覚の快楽ではありませんでした。それは、これから先に待っている素晴らしい人生や、魂が完全に満たされる至福の時を予感させる、希望の証だったのです。私たちが美しい表現に心惹かれ、意図的に心を上向きに保とうとする行為は、まさにこの「幸福の約束」を受け取り、自らの命を力強く守り抜くための尊い実践なのです。
なぜ私たちは美しいものを求めるのか
私たちが社会の中で健康に、そして心豊かに生きていくためには、目に見える物質的な豊かさだけでなく、目に見えない感情や精神の調和が極めて重要になります。美しい色彩や心揺さぶる造形に触れる体験は、単なる視覚的な刺激ではありません。それは、作者が作品に込めた命のエネルギーと、それを受け取るあなたの命のエネルギーが交差し、温かく響き合う空間そのものです。
このエネルギーの交歓が起こるとき、私たちの内側では生命維持に不可欠なパワーが生まれます。理屈や論理だけが優先されがちな現代社会において、「美しい」「心が震える」という純粋な感動は、枯渇しがちな心を潤し、再び立ち上がるための活力を与えてくれます。あなたという存在そのものが絶対的な価値を持ち、心身ともに満たされ、生きる喜びに溢れている状態。それこそが、私たちが目指すべき本当の意味での健やかさであり、豊かな人生の基盤となるのです。アートはなぜ人間に必要なのかという問いの答えは、まさにこの「魂の回復と生命の歓喜」に直結しています。
人類の歴史を遡ると、私たちが美しい表現を求める理由が、決して後天的な教養や趣味ではなく、人間のDNAに深く刻み込まれた本能であることがわかります。この真実を鮮やかに証明したのが、19世紀のスペインの貴族であり、アマチュアの考古学者でもあったマルセリーノ・サンス・デ・サウトゥオラ氏の軌跡です。
1879年、サウトゥオラ氏は、スペイン北部のカンタブリア州にあるアルタミラという洞窟の調査を行っていました。彼は地面の地層を発掘し、古代の石器などを探すことに夢中になっていました。その時、彼に同行していた8歳の娘、マリア氏が、大人が真っ直ぐに立てないほど天井の低い奥の空間へと入っていきました。そして彼女は、天井を見上げて驚きの声を上げたのです。
「パパ、見て、牛がいる!」
サウトゥオラ氏が駆けつけると、そこには驚くべき光景が広がっていました。洞窟の天井一面に、赤や黒、黄色の顔料を使って、躍動感あふれる野牛(バイソン)や馬の姿が描かれていたのです。岩の凹凸を巧みに利用して筋肉の隆起を表現したその技術は、現代の表現者でさえも驚嘆するほどの高い完成度を誇っていました。
後にこの壁画は、今から約1万5000年以上前の旧石器時代の人々によって描かれたものであることが判明します。しかし、ここで最も重要なのは「なぜ彼らはこのような壁画を描いたのか」ということです。当時の人々は、厳しい自然環境の中で、日々の食料を確保するだけで精一杯の過酷な生活を送っていました。洞窟の奥深くは真っ暗であり、動物の脂肪を燃やしたわずかな明かりだけを頼りに、足場を組んでまで天井に絵を描くという行為は、生存競争や効率という観点から見れば全く無意味な行動です。
しかし、彼らは描かずにはいられなかったのです。巨大な動物に対する畏敬の念、狩りの成功を祈る切実な願い、あるいは生命の神秘に対する純粋な感動。言葉では到底表しきれない内なる感情のうねりを、色や形にして外の世界へ放つこと。それこそが、彼らが過酷な現実を生き抜き、精神の均衡を保つための唯一の手段でした。
サウトゥオラ氏とマリア氏が発見したアルタミラの壁画は、人間という生き物が、太古の昔から「自己を表現し、見えない世界とつながること」を生命維持と同じくらい渇望していたことを教えてくれます。アートは、文明が発展して生活に余裕が生まれたから誕生した装飾品ではありません。それは、人間が人間として存在し、絶望を希望へと変換し、生きる喜びを見出すために、最初から備わっていた生存戦略なのです。私たちが美しい表現に心震わせ、そこから生きる活力を得るのも、この古代から受け継がれてきた生命のプログラムが、今も私たちの内側で力強く脈打っているからに他なりません。
日常に創造性を取り入れ心を整える段階的実践
心身の調和を保ち、生きる喜びを最大限に味わうためには、特別な場所へ出かけるだけでなく、日常の生活の中に創造的な視点を取り入れることが大切です。しかし、忙しい毎日の中で、突然「感性を研ぎ澄まそう」と思っても、なかなか思い通りにいかないことがあるかもしれません。
ささやかなものの中に宿る、圧倒的な美しさ
アメリカの表現者であり教育者でもあった シスター・コリータ氏 の歩みは、正解を求める論理的な重圧から抜け出し、純粋な喜びを見つける転機について教えてくれます。氏は、ロサンゼルスの大学で教壇に立ちながら、多くの学生氏に向けて表現の素晴らしさを伝えてきました。かつて氏は、社会的な意義や正しい手法を追求するあまり、表現することの本来の楽しさが分からなくなってしまうという状況に直面したことがありました。
その思い通りにいかない経験から抜け出す転機となったのは、身の回りにある何気ない日常の風景や、ありふれた日用品の細部に、ただひたすらに意識を向けた瞬間でした。氏は、スーパーマーケットに並ぶ商品のラベルや、街路の看板、あるいは窓から差し込む光といったささやかなものの中に、圧倒的な美しさが宿っていることに気づいたのです。意味を求める思考を穏やかに手放し、目の前の現象に 「没頭」 したとき、氏の心の中に溜まっていた緊張が解け、生命のエネルギーが再び湧き上がってくるのを明確に感じたといいます。
シスター・コリータ氏は、1960年代の米国において、鮮やかな色彩と文字のデザインを組み合わせた独自の作法で、平和と愛のメッセージを発信し続けた人物です。氏が人生をかけて追求したのは、特別な才能を持つ人だけが 「アート」 を行うのではなく、誰もが日常の中で美しさを見出し、心を整えることができるという 「ウェルビーイング」 の形でした。
氏は、教え子たちのために 「学びのための10個のルール」 を作成しました。その中でも特に有名なのが、「すべてを実験と考えること」 という教えです。これは、物事がうまくいかないことを恐れて正しい答えを導き出そうとする論理の縛りから自分を解放し、ただその瞬間の試行錯誤を楽しむことの重要性を説いています。氏は、作品の完成度よりも、それを作る過程で自分の心がどのように動いたか、何に感動したかというプロセスそのものを何よりも大切にしました。
また、氏は 「ファインダー」 と呼ばれる小さな厚紙の枠を使い、日常の景色を切り取って眺めるというワークを推奨しました。枠を通して世界を見ることで、私たちは情報の海に翻弄されることなく、たった1枚の木の葉や、地面の質感、あるいは手に持った器の曲線といった 「ささやかな造形」 に意識を集中させることができます。この実践は、現代でいうところのマインドフルネスに近いものであり、脳の緊張を和らげ、内面的な静寂を取り戻すための極めて効果的な方法です。
シスター・コリータ氏のエピソードは、私たちが 「アート」 というものを特別なものとして遠ざけるのではなく、生活の一部として取り入れることが、いかに精神の健康を支えるかを物語っています。氏は生涯を通じて、どんなに小さなことにも驚きと感謝の心を持つことを説き続けました。その温かな眼差しは、忙しい毎日を生きる私たちに対しても、ただそこに在る美しさを認め、自分自身を全肯定することの大切さを教えてくれているのです。

自らの体温と身体感覚に意識を向けること
誰もが無理なく感覚をひらいていけるよう、段階的なステップをご紹介します。
1つ目のステップは、「自らの体温と身体感覚に意識を向けること」です。身体が冷えたり緊張したりしていると、心も固くなってしまいます。まずは温かい飲み物をゆっくりと味わったり、お風呂に浸かったりして、ご自身の内側からじんわりと温かさが広がる感覚を大切に味わってみてください。温かな感覚は、心を穏やかにし、新しい情報や美しいものを受け入れるための土台を作ります。
2つ目のステップは、「五感を意図的に開くこと」です。自然の風景や美しい作品に触れ、五感を整えることで、思考の緊張がほぐれ、目の前の世界により深く没入することができます。頭で理屈をこねるのをやめて、ただ目の前の色彩や形、香りに集中する時間を持つことが、創造性を呼び覚ます鍵となります。
3つ目のステップは、「意味を探すことをやめること」です。私たちは日常の中で、常に「これは何の役に立つのか」「正解は何か」を探す癖がついています。しかし、感覚の世界において正解は存在しません。「あ、綺麗だな」と感じたその直感だけを信じ、大切に抱きしめることが重要です。
目に見えない本質
この「余分なものを削ぎ落とし、本質に向き合う」という段階的な実践を見事に体現したのが、20世紀を代表するルーマニア出身の偉大な彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシ氏の歩みです。
1876年に生まれたブランクーシ氏は、若き日に故郷ルーマニアを徒歩で旅立ち、長い時間をかけて芸術の都であるフランスのパリへと辿り着きました。当時の彫刻界は、人間の肉体の細部をいかにリアルに再現するかが重視されていました。しかし、ブランクーシ氏は全く異なる次元の美しさを求めていました。
彼が生み出した代表作「空間の鳥」は、鳥の羽や目、くちばしといった具体的な形を一切持っていません。ただ、天空に向かって伸びる、極限まで滑らかで美しい1本の曲線があるだけです。彼は、目に見える鳥の姿を写し取るのではなく、鳥が空に向かって飛び立つときの「飛翔のエネルギー」や「上昇する喜び」という、目に見えない本質だけを抽出しようとしたのです。
彼は作品の表面を、光が完璧に反射するまで何日もかけて徹底的に磨き上げました。余分な装飾や複雑な意味を削ぎ落とし、ただ1つの純粋な形に到達したとき、その作品は圧倒的な生命力を放ち始めました。ブランクーシ氏は、「純粋さは表現の目的ではない。しかし、物事の本当の意味に分け入っていくと、人は自ずと純粋さに到達するのだ」という真理に辿り着いたのです。
私たちが日常の中でウェルビーイングを高めようとするとき、多くの知識を詰め込んだり、複雑な習慣を取り入れたりする必要はありません。ブランクーシ氏が彫刻を磨き上げたように、私たちも日々の生活の中から「しなければならない」という思考のノイズを削ぎ落とし、自分が純粋に「美しい」「心地よい」と感じる感覚だけに素直に従えばよいのです。そのシンプルな実践の先にこそ、最も輝かしい生命の歓喜が待っています。
表現との対話がもたらす自己変容の軌跡
表現を通じた対話が、人の心と体に劇的な変化をもたらす実例は、歴史上の至る所に存在します。人間の精神が困難な状況に直面したとき、美しさを見出す力がどれほど魂の救済となり、行動を変容させるかを証明したのが、明治時代に活躍した日本の偉大な画家、菱田春草氏の軌跡です。
1874年に生まれた菱田春草氏は、若くしてその圧倒的な才能を開花させ、日本の伝統的な絵画に西洋の空間表現を取り入れた新しいスタイルを確立しようと奮闘していました。しかし、彼の挑戦は当時の保守的な美術界から激しい非難を浴び、彼は深い孤立と苦悩の中に置かれました。さらに追い打ちをかけるように、彼は重い眼病を患い、画家にとって命とも言える視力を徐々に失っていくという計り知れない絶望に直面したのです。
体調が悪化し、自由に筆を握ることも難しくなったある秋の日。春草氏は、自宅の近所にある代々木の森を歩いていました。彼の目には、枯れ落ちて地面を埋め尽くす落ち葉の姿が映りました。通常、落ち葉は生命の終わりや寂しさを象徴するものです。病に侵され、自らの命の限界を感じていた彼にとって、それはあまりにも残酷な風景に見えても不思議ではありませんでした。
しかし、春草氏の心に湧き上がった感情は、悲嘆や絶望ではありませんでした。彼はその落ち葉の重なりの中に、圧倒的な自然の調和と、巡りゆく生命の尊い美しさを見出したのです。彼は残された僅かな視力と全精力を振り絞り、六曲一双という巨大な屏風に「落ち葉」という作品を描き上げました。
そこに描かれていたのは、風に舞う数枚の葉と、静かに地面に横たわる無数の落ち葉、そして力強く立つ木々の幹でした。派手な色彩や劇的な出来事は一切描かれていません。ただ、あるがままの自然の姿が、極限まで澄み切った静けさと温かな愛情を持って表現されていました。春草氏は、自らを襲う病や死という恐怖から逃げるのではなく、落ち葉という対象と徹底的におのれの内面で対話することで、自らの運命を完全に受容したのです。
この深い自己受容から生まれた作品は、後に国の重要文化財に指定されるほどの歴史的な名作となりました。そして、この絵の前に立つ多くの鑑賞者たちに、ある明確な行動の変化をもたらすことが様々な記録や心理的な分析から示されています。春草氏の「落ち葉」に触れ、その圧倒的な肯定感と生命の尊さを体感した人々は、日常に対する満足度が大幅に向上し、道端に咲く名もなき花や、家族と過ごす何気ない時間に深い感謝を抱くようになると報告されています。自らの悲しみや恐れを表現の器に注ぎ込み、美しさへと昇華させたとき、その作品は作者自身を癒やすだけでなく、それを見る無数の人々の心身の健康をも底上げする強力なエネルギーの源となるのです。
自由な感性を解放するための視点
日常に美しい表現を取り入れ、精神の健康を豊かにしていく過程において、多くの方が気づかないうちに抱いてしまう視点の癖や、見落とされがちなポイントがあります。その代表的なものが、「芸術を楽しむためには、専門的な知識や歴史的な背景を正しく理解しなければならない」という思い込みです。
美術館や展示会を訪れた際、作品そのものよりも横に添えられた解説文を一生懸命に読み込んでしまったり、「この作品のどこが優れているのかを見抜かなければ」と肩に力が入ってしまったりすることはありませんか。歴史を知ることは有意義なことですが、それは決して必須条件ではありません。意味や正解を探そうと顕在意識を働かせすぎると、直感や感情を司る潜在意識の扉が閉ざされてしまいます。最も大切なのは、「あなたの心がどう反応したか」という事実そのものです。
また、「ウェルビーイングとは、常に前向きで全く落ち込まない状態を維持することだ」と思い込んでしまう方も少なくありません。しかし、本当の健やかさとは、悲しみや怒り、迷いといった複雑な感情を無理に消し去ることではありません。それらの感情をご自身の大切な一部として安全に受け止め、しなやかに立ち直る力を育むことこそが、生命のエネルギーを循環させる真の方法なのです。
この「自由な感性」を取り戻すためのヒントとして、18世紀のドイツを代表する偉大な詩人であり哲学者でもあるフリードリヒ・シラー氏が残した、非常に深い洞察に満ちた言葉をご紹介します。
「人は、遊んでいるときにのみ完全に人であり、完全に人であるときにのみ遊ぶ」
シラー氏は、人間が真に自由で幸福な状態に到達するためには、道徳的な義務や物理的な欲求に縛られない「遊戯衝動」が必要であると説きました。彼にとって「遊ぶ」ということは、単なる暇つぶしや娯楽ではありません。それは、美の力によって心身の調和を取り戻し、自分自身の内面にある創造性を何の制限もなく外の世界へと解放する、極めて尊い行為なのです。
私たちが「この作品を正しく理解しなければ」と力んでいるとき、私たちは遊ぶことを忘れ、自らを窮屈な義務感の中に閉じ込めてしまっています。シラー氏が語るように、本来のアート体験とは、子どもが無心で砂山を作るような、あるいは美しい色の組み合わせにただただ心を躍らせるような、純粋な「遊び」の延長線上にあるべきなのです。誰かの評価や一般的な正解を気にするのではなく、あなた自身の魂が何に共鳴し、何を欲しているのか。知識への執着を優しく手放し、ただ感じるままに心の赴く方向へと身を委ねることで、あなたの感性はより自由になり、日常のあらゆる場面で生命の歓喜を見出せるようになっていくでしょう。
命の歓喜を味わい尽くすための道しるべ
ここまでの内容を通して、アートとウェルビーイングがどのように私たちの精神と人生を豊かにするのかをお伝えしてきました。重要な視点を3つに集約します。
1つ目は、「感動は人間の本能であり生命維持の力である」ということです。アルタミラの壁画が示すように、美しいものに心が震え、それを表現する行為は、あなたという存在を根底から肯定し、明日を生き抜くための温かな活力を生み出します。
2つ目は、「本質を見極めることが心の調和を取り戻す」という事実です。ブランクーシ氏が極限まで形を磨き上げたように、日々の情報や思考のノイズを手放し、純粋な感覚に従うことで、私たちの本来の健やかさは回復していきます。
3つ目は、「すべての感情を受け入れ、遊ぶ心が未来を開く」ということです。春草氏が落ち葉に美を見出し、シラー氏が遊びの重要性を説いたように、悲しみや迷いを否定せず、自由な心で世界を味わい尽くすことが、真の豊かさを導きます。
今日からすぐに始められる小さな行動をご提案いたします。今夜ご就寝の前に、ご自身の両手の手のひらで、そっと両目を覆ってみてください。そして30秒間だけ、ご自身の手の温もりと、そこにある心地よい暗闇を味わいながら、深く呼吸を繰り返します。視覚からの情報を一時的に休ませることで、内なる感覚が研ぎ澄まされ、その温かな暗闇があなたの疲れを癒やし、生命エネルギーを心地よく循環させる素晴らしいはじまりとなります。
世界中で長く愛され続けているアニメーション映画『ライオン・キング』の中で、過去の過ちに囚われ、前に進むことを恐れる主人公のシンバ氏に対し、賢者であるマンドリルのラフィキ氏は、杖を振り下ろしながら非常に深く考えさせられる言葉を投げかけます。
「過去は痛むものだ。しかし、そこから逃げることも、そこから学ぶこともできる」
この言葉は、私たちが人生の途上で直面する様々な痛みや葛藤を、どのように捉えるべきかを強烈に教えてくれます。私たちは大人になるにつれて、傷つくことを恐れ、感情に蓋をしてしまいがちです。しかし、過去の悲しみや痛みを否定し、逃げ続ける限り、本当の心の平穏は訪れません。ラフィキ氏が語るように、その痛みを真っ直ぐに見つめ、そこから何かを学び取ろうと決意したとき、過去の傷はあなたを成長させるための最大の糧となります。芸術や美しい文化もまた、私たちが言葉にできない悲しみや喜びを代弁し、感情を優しく解き放ち、学びへと導いてくれる無二の存在と言えます。
最後に、自然光と建築が見事に調和し、訪れる人の心身を深く癒やしてくれる素晴らしい美術館を1つご紹介します。東京都台東区の上野恩賜公園という豊かな緑の中に建つ「国立西洋美術館」です。
この美術館は、西洋の優れた美術品を数多く所蔵する日本を代表する文化施設ですが、その最大の魅力は建築そのものにあります。建物の基本設計を手がけたのは、20世紀を代表するフランスの偉大な建築家、ル・コルビュジエ氏です。彼はこの建物を設計するにあたり、「無限成長美術館」という極めて独創的な概念を用いました。
建物の中心には「19世紀ホール」と呼ばれる、自然の光が天井から優しく降り注ぐ象徴的な空間が広がっています。来館者はこの光に満ちた空間から出発し、コレクションの増加に合わせて螺旋状に外側へと増築していくことができるように計算された、美しい回廊を巡りながら作品と向き合います。コルビュジエ氏は、人間の歩く速度や視線の動き、そして刻一刻と変化する太陽の光の角度までを緻密に計算し、美術品と人間が最も自然な形で対話できる空間を創り上げました。
ピロティと呼ばれる柱で持ち上げられた開放的な1階部分や、自然の風景を切り取るように配置された窓辺に立つと、ここが東京の中心であることを忘れてしまうほどの深い安らぎに包まれます。2016年には世界文化遺産にも登録されたこの建築は、ただ絵を飾るための箱ではなく、空間そのものが人間の魂を慰め、生命の喜びを呼び覚ます巨大な芸術作品として機能しています。豊かな緑と最高峰の建築、そして歴史を越えて愛される名画が一体となって人々のウェルビーイングを育むこの国立西洋美術館へ、ぜひ一度足を運び、その圧倒的な癒やしの空間を体感してみてください。

最後に、あなたへ大切なメッセージをお伝えします。
愛と使命を両立するあなたへ。
私たちがこの世に生まれてきた理由は、
決して苦しんだり、人を恨んだり悲しんだり、傷つけ合ったりするためではありません。
命とは、喜びを味わうために生まれてきたものです。
命の温かさを感じ、知り、「生きててよかった」とほっとして、安心してニコニコ笑うために生まれてきたのです。
私たちは、絶対的に今世の命を楽しむべきなのです。
『愛のある場所でこそ、人は生きる力を得る。』
『人生とは、喜びという宝物を探す旅である。』
『温かな感情は体温を上げ、人を幸せへ導く。』
どうぞ忘れないでください。
『あなたは、神様がつくった最高傑作』です。
あなたの命が、これからも喜びというパワフルなエネルギーで満たされ、温かな笑顔とともに輝き続けることを心から願っています。

私は、「人は幸せになるためにのみ、この世に送り出された」という揺るぎない確信を持ったアーティストです。
愛や喜びは、抽象的な概念などではなく、私たちの「生命維持に不可欠な根源」だと考えています。
だからこそ、私のアートやメッセージには、あなたの存在そのものを絶対的な価値として全肯定するエネルギーを込めています。
あなたがいつも、大いなる愛と光に守られていますように。
そして、あなたの大切な命の時間が、たくさんの幸運と共にありますように。
nao
【参考情報、引用元】
- 東京国立博物館(挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」)
- 神戸市立博物館(特別展「デ・キリコ展」)
- 京都国立博物館(特別展 法然と極楽浄土)
- 岩波書店(恋愛論(上))
- スペイン政府観光局(アルタミラ洞窟とスペイン北部の旧石器時代洞窟壁画)
- オムロン ヘルスケア株式会社(体温を上げて免疫力アップ | 健康のアイデア)
- GLOBIS 知見録(無意識(潜在意識)の力を使って目標を達成する)
- アーティゾン美術館(ブランクーシ 本質を象る)
- 飯田市美術博物館(菱田春草)
- 岩波書店(人間の美的教育について)
- ディズニー公式(ライオン・キング)
- 国立西洋美術館(建築について)
- 国立西洋美術館(ル・コルビュジエと国立西洋美術館)
- 文化庁(ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―)
- コリータ・アート・センター(コリータ・ケントについて)
- ハーバード・ビジネス・レビュー(シスター・コリータ・ケントの創造性のルール)
- イマキュレート・ハート・コミュニティ(シスター・コリータの遺産)





