
絵を一枚だけ飾って、季節や、その日の心によって見え方が変わるのを楽しむ。
この暮らし方は、日本にずっとありました。
日本の美意識は、完璧なものよりも、移ろうものや、満たされないものに価値を置いてきたからです。そのことを、四人の人の言葉からたどってみます。
本居宣長 ―― 「もののあはれ」を知るということ
本居宣長は、江戸時代の国学者です。35年をかけて『源氏物語』を読み解き、注釈書『源氏物語玉の小櫛』を1796年に書き上げました。
そこで宣長が示したのが「もののあはれを知る」という考え方です。国文学研究資料館の解説では、これは中世以来の教訓的な文学観から文学を解き放った、画期的なものだったと位置づけられています。
「もののあはれを知る」とは、うつくしいものをうつくしいと感じ、悲しいものを悲しいと感じ、立場の違う他人の心を推し量れることだと宣長は述べています。
宣長にとって、ものを見て心が動くことは、教えを学ぶことより先にある大切なことだったのではないでしょうか。
松尾芭蕉 ―― 変わらないものと、変わりつづけるもの
俳諧の「不易流行」という言葉があります。芭蕉の門人である向井去来がまとめた『去来抄』に記されています。
去来抄によれば、不易とは、いつの時代にも通じる変わらないもの。流行とは、今日の姿が明日には合わなくなるような、その時々の変化です。
芭蕉自身はこの二つを直接は例示していません。ただ、門人たちの記録からは、新しさを追う心の奥に、変わらないものが流れているという感覚を大事にしていたことがうかがえます。
一枚の絵と長く暮らすことは、この感覚に近いのかもしれません。絵は変わらずそこにあり、見るこちらが毎日変わっていきます。

千利休 ―― 簡素なものに美を見る
千利休は、安土桃山時代に「わび茶」を大成した人です。「茶聖」と呼ばれます。
nippon.comの解説によれば、利休は禅の精神を茶に取り入れ、簡素な道具や小さな茶室に美を見いだし、茶の湯の心を築いた人物です。「和敬清寂」という言葉が、その心を表すものとして伝えられています。
ととのった高価なものより、欠けたところや素朴さのなかに美しさがある。利休のこの見方は、その後の日本のものづくりに長く影響を残しました。
利休は、足りないものを前にしたとき、そこに何を見るかは人にゆだねられている、と考えていたのではないでしょうか。
空海 ―― 色や形そのものが、意味を持つ
空海は、平安時代の僧で、密教を日本に伝えました。書に優れ、三筆の一人に数えられます。
空海は、密教の世界観を絵で表した曼荼羅を日本にもたらしました。仏の世界を、位置と色と形で一枚に描いたものです。
著作『声字実相義』で空海は、声や文字そのものが真理のあらわれである、と説いています。言葉の内容だけでなく、その音や形自体に意味が宿るという考え方です。
色や形が、説明ぬきで何かを伝える。絵を飾るという行為の根っこにあるものを、空海は千年以上前に言葉にしていたのではないでしょうか。

絵と暮らすということ
四人に共通しているのは、完成された答えより、見る人の心が動く余地を大切にしていたことです。
床の間に一幅の掛け軸をかけ、季節でかけ替える。日本の家には、絵を一枚だけ置いて、それと向き合う時間をつくる習慣がありました。
たくさん飾る必要はありません。自分にとって意味のある一枚があり、それが毎日少しずつ違って見えるなら、それで十分だという考え方です。
Mermaid nao のパーソナルオーダーアートは、この「一枚と暮らす」という日本の感覚に沿って制作しています。額装を含めてお届けしています。
【参考情報、引用元】
国文学研究資料館(源氏物語玉の小櫛|書物で見る日本古典文学史)
Wikipedia(源氏物語玉の小櫛)
コトバンク(不易流行とは? 意味や使い方)
Wikipedia(去来抄)
nippon.com(千利休:茶道を通して美意識と融合した自然観を体現)
J-STAGE(空海の『声字実相義』における「法身是実相」の構造)
エンサイクロメディア空海(声字実相義/曼荼羅)
https://www.nijl.ac.jp/etenji/bungakushi/contents/detail/detail04-02_005.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/源氏物語玉の小櫛
https://kotobank.jp/word/不易流行-123091
https://ja.wikipedia.org/wiki/去来抄
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/b07220/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/chisangakuho/57/0/57_KJ00009307648/_article/-char/ja
https://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-writing/post-6.html
関連記事

