東京へ行ったとき、港区の愛宕(あたご)神社にお参りしてきました。
愛宕神社は、愛宕山という小さな山の上にあります。標高は25.7メートル。ビルに囲まれた23区のなかで、いちばん高い天然の山なのだそうです(愛宕神社公式サイトより)。
「出世の石段」を登る
社殿へ向かう正面の石段は、「出世の石段」と呼ばれています。段数は86段。かなりの急勾配で、下から見上げると壁のように見えます。
名前の由来は、江戸時代の曲垣平九郎(まがき へいくろう)という武士の逸話です。三代将軍・徳川家光が増上寺への参拝の帰りに愛宕神社の下を通り、山の上に咲く梅を見て「馬であの梅を取ってまいれ」と命じました。多くの家臣がしり込みするなか、馬術の名手だった平九郎が石段を馬で駆け上がり、梅を手折って献上したと伝えられます。家光にたいそう褒められ、「日本一の馬術の名人」として名を知られるようになった——その話から、この石段は「出世の石段」と呼ばれるようになりました。
私が登ったときは、馬ではなく、海外旅行用の大きなキャリーバッグと一緒でした。移動の途中で立ち寄ったので、荷物を預ける場所もなく。片手でバッグを持ち上げ、一段ずつ。半分も行かないうちに汗だくになりました。あとから来た方に先に行ってもらいながら、なんとか登りきったときには、背中にシャツが貼りついていました。曲垣平九郎は本当にすごいと思います。
火の神様をまつる神社
愛宕神社がまつっているのは、火産霊命(ほむすびのみこと)という火の神様です。ほかに水の神様、山の神様、日本武尊(やまとたけるのみこと)もまつられています。
慶長8年(1603年)、徳川家康の命によって、江戸の防火・防災の守り神として建てられました(愛宕神社公式サイトより)。今も、火をあつかう仕事の方や、火除けを願う方のお参りが多いそうです。
幕末には、桜田門外の変で大老・井伊直弼を襲った水戸の浪士たちが、決行の前にこの神社に集まって祈願したという記録も残っています。江戸の町を見下ろすこの場所は、いろいろな時代の人が、それぞれの願いを持って登ってきた場所なのだなと思いました。
猫がいた
境内には猫がいました。人に慣れていて、石段を登ってへとへとの私のそばで、のんびり毛づくろいをしていました。都心のまんなかで、そこだけ時間の流れがゆっくりしているようでした。
登りきったあとの、ひと呼吸
高い場所にある神社は、たどり着くのに少し骨が折れます。でも登りきったあとの、ふっと視界がひらける感じは、どこも似ています。汗をかいて、息を整えて、手を合わせる。その一連の時間が、なんだか大事だなと思いました。
私の描く絵にも、そういう「ひと呼吸」のようなものを込められたらいいなと、石段の上で思ったのでした。
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