
強く行動した人ほど、色や形や手ざわりに敏感だった。
そういう例が、歴史にはいくつもあります。
ここでは、まったく違う生き方をした二人を並べます。織田信長と、マハトマ・ガンジーです。
織田信長 ―― 天下を取ろうとした人が、名物茶器を集めた
織田信長は、名物茶器を集めたことで知られています。
屈服させた相手に名物の茶道具を献上させ、あるいは買い上げる。これは「名物狩り」と呼ばれ、信長は中国から渡来した絵画や茶道具など、多くの美術品を手もとに置きました。表千家不審菴や刀剣ワールドの資料に記録があります。
信長は、功績のある家臣だけが参加できる茶会を開き、茶道具を褒賞として与えました。茶の湯を政治に組み込んだこのやり方は「御茶湯御政道」と呼ばれます。
なぜ信長は、茶の湯にそこまで価値を置いたのか
茶の湯が政治の道具になったのは、茶道具に価値があると多くの人が認めていたからです。価値のないものは褒賞になりません。
信長自身も、数寄大名として茶の湯をたしなみました。金銀や米には不足していなかったと伝えられています。その上で唐物の美術品を求めたのは、政治の計算だけではなかったのではないでしょうか。
ひとつの茶碗の形や色を見て、これは価値があると判断する。その目を、信長は自分の武器のひとつにしていたのかもしれません。

マハトマ・ガンジー ―― 糸車に「音楽と芸術がある」と言った人
マハトマ・ガンジーは、非暴力の運動を率いた人です。その象徴が、手で糸を紡ぐ糸車(チャルカ)でした。
ガンジーは、糸車についてこう述べています。「糸車には、音楽があり、芸術があり、economy(経済)があり、喜びがある」。英語では there is music, art, economy and joy in the spinning wheel です。
芸術についてはこうも述べています。「すべての真の芸術は、魂がその内なる自己に気づくのを助けるものでなければならない」。英語では All true art must help the soul to realize its inner self です。
ガンジーにとって、手を動かして布を織ることは、経済的な自立の手段であると同時に、心をととのえる行為だったのではないでしょうか。
決断する心と、美を感じる心は、対立しない
信長は戦い、ガンジーは戦いを拒みました。方向は正反対です。
それでも二人には、共通するところがあります。ものの形や色や手ざわりに、はっきりと反応する感覚を持っていたことです。
大きな決断をする人ほど、頭だけで動いているように見られがちです。実際には、目や手で受け取る情報を、判断の材料にしていた人が多くいます。
美を感じることは、行動する力の反対側にあるものではありません。同じ人の中で、地続きになっています。
手を動かす人のそばにある一枚
Mermaid nao では、事業や経営に関わる方からのオーダーアート「BUSINESS ART」を制作しています。
お話をうかがい、その事業が大切にしていることを、色と形に置き換えて一枚にします。
判断を重ねる場所に、立ち返るための一枚を置く。それは昔から、決断する人がしてきたことです。額装を含めてお届けしています。
【参考情報、引用元】
表千家不審菴(利休の茶の湯とその流れ:利休と信長、秀吉)
刀剣ワールド(織田信長の茶会)
O-CHA NET(信長・秀吉と茶)
note/宗由(織田信長が生んだ「御茶湯御政道」とは何だったのか)
The Mahatma Gandhi Information Website(Epigrams from Gandhiji/Gandhi Quotes on Khadi)
https://www.omotesenke.jp/list3/list3-1/list3-1-2/
https://www.touken-world.jp/tips/117556/
https://www.o-cha.net/teacha/bunka/nobunaga.html
https://www.mkgandhi.org/epigrams/c.php
https://www.mkgandhi.org/swadeshi_khadi/khadiquotes.php
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