斎藤輝子さんのこと ― 旅することを愛した人

歌人・斎藤茂吉さんの妻、斎藤輝子さん(さいとう てるこ)さん。上山市ゆかりの人です。茂吉さんの陰にかくれがちですが、輝子さん自身が、とても自由な人でした。

年を重ねてからの旅の話が中心になります。なお、2028年前期のNHK連続テレビ小説「ほんのモキチ」(脚本・宮藤官九郎さん、主演・河合優実さん)は、この輝子さんと茂吉さん夫妻がモデルになると発表されています。この山形の、それも上山にゆかりの人が朝ドラの主人公になる。同じ上山に暮らす一人として、素直にうれしいニュースでした。

大病院の娘として生まれて

輝子さんは1895年、青山脳病院を創設した斎藤紀一さんの次女として生まれました。1914年、19歳のときに13歳年上の茂吉さんと結婚します。茂吉さんは斎藤家に婿養子として入りました。

二人の息子は、精神科医で随筆家の斎藤茂太さんと、作家の北杜夫さんです。北杜夫さんは小説『楡家の人びと』で、母をモデルにした人物を描いています。

人生の後半で、世界へ出た

輝子さんが広く知られるようになったのは、年を重ねてからです。旅を愛し、国内は300か所以上をまわり、アジアやアフリカの秘境にもたびたび出かけました。

79歳のとき、南極へ渡ります。これは当時の世界最高齢に並ぶ記録でした。訪れた国は108か国。85歳でジンバブエへ行き、エベレストにも挑んで標高4300メートル地点まで登っています。「痛快ばあさん」と呼ばれました。

斎藤茂吉記念館では、輝子さんの特別展が「苦難を越えて ― 世界108ヵ国を巡った猛女」という副題で開かれたことがあります。

水平線
輝子さんがいちばん自由に動いたのは、60代を過ぎてからでした ― Photo by Mermaid nao

役割が終わってから、始まる時間

輝子さんの人生でいいなと思うのは、「妻」「母」「大病院の娘」という枠の外へ、後半になって出ていったところです。年齢を理由にしなかった。むしろ年を取るほど遠くへ行きました。

何かを始めるのに遅すぎるということはない、というのは言い古された言葉ですが、輝子さんは79歳で南極に立って、それを証明しています。

わたしのところにも、子育てが一段落した方や、区切りの年齢を迎えた方から、絵のご依頼をいただくことがあります。これからの時間のために一枚を、という方です。

Mermaid nao のオーダーアートは、あなたがこれから向かいたいほうを、色とかたちにして残す仕事です。


【参考にした情報・引用元】

ウィキペディア(斎藤輝子さん)
コトバンク(斎藤輝子さん)
公益財団法人 斎藤茂吉記念館(特別展「茂吉さんの妻 斎藤輝子展」)
ステラnet(宮藤官九郎さん×河合優実さん 2028年度前期 朝ドラ「ほんのモキチ」制作・主演発表)
ciatr(2028年前期朝ドラ『ほんのモキチ』あらすじ・キャスト解説)

https://ja.wikipedia.org/wiki/斎藤輝子さん
https://kotobank.jp/word/斎藤輝子さん-1076793
https://www.mokichi.or.jp/events/event/event-2633/
https://www.steranet.jp/articles/118413
https://ciatr.jp/topics/337927


関連記事

PERSONAL ORDER ART / BUSINESS ART

Mermaid nao(マーメイド ナオ)は、対話を通して受け取った想いを、色・形・光を重ねて一枚の原画にしています。描いているのは、命の可能性と美しさ。事業のご依頼であれば、その事業が大切にしている価値です。額装込みでお届けしています。

オーダーについて見る 作品を見る

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Xでフォローしよう

おすすめの記事