
海を見ていたら、理由もわからないまま涙が出てきた。そんな経験を持つ人は、少なくないようです。悲しいわけでも、うれしいわけでもないのに、なぜ涙が出るのでしょうか。海の涙そのものを調べた研究はまだ見つけられませんでしたが、心が動くときの涙について、心理学の研究からわかってきたことがあります。四つの研究を紹介します。
海の近くに住む人は、「健康」と答える人が多い
2012年、イギリスのエクセター大学のベネディクト・ウィーラーさんらは、イングランドの国勢調査のデータを使って、住んでいる場所と海との距離、そして健康の関係を調べました(学術誌『Health & Place』)。
すると、海岸に近い地域ほど、自分の健康状態を「よい」と答える人が多いことがわかりました。研究チームは、その理由として、海の近くではストレスをやわらげる機会や、体を動かす機会が多いからではないか、と考えています。海が人の心と体に何かをもたらしている、ということを、数字で示した研究のひとつです。
大きなものの前で、自分が小さくなる
どこまでも続く水平線を前にすると、自分がとても小さく感じられることがあります。心理学では、こうした「自分よりはるかに大きなもの」に出会ったときの感情を「畏敬(いけい、英語でawe)」と呼びます。
2017年、カリフォルニア大学バークレー校のヤン・バイさん、ダッチャー・ケルトナーさんらは、6つの研究、あわせて2,137人を調べ、畏敬の体験をすると「自分」の感覚が小さくなることを報告しました(学術誌『Journal of Personality and Social Psychology』)。ほかの前向きな感情では、こうはならなかったそうです。アメリカでも中国でも同じ傾向が見られ、自分が小さくなるほど、まわりの人とのつながりに目が向くようになっていました。
ふだん張りつめている「自分」が、海の大きさの前で少しほどける。涙は、そのときにこぼれるのかもしれません。
「心を動かされる」ときの涙
2019年、オスロ大学のヤニス・ジックフェルドさんらは、19か国・15の言語で、3,542人を対象に、「心を動かされる」「胸が熱くなる」と表される感情を調べました(学術誌『Emotion』)。日本からは東洋大学の研究者も参加しています。
研究チームはこの感情を、サンスクリット語から「カマムタ(kama muta)」と名づけています。人とのつながりや、大切なものとのつながりを、急に強く感じたときに起きる前向きな感情で、胸があたたかくなる、目がうるむ・涙が出る、鳥肌が立つ、のどがつまる、といった体の反応をともなうことが、どの国でも共通していました。
2015年には、ベルリン自由大学のヴィンフリート・メニングハウスさんらが、「心を動かされる」体験には悲しみと喜びの両方がまじっていること、そして本や映画などの作品に対しても、自分の人生の出来事と同じくらい強く感じられることを報告しています(学術誌『PLoS ONE』)。悲しくもうれしくもないのに涙が出る、という感覚は、この「まじりあった」感情に近いのかもしれません。
絵の前で、涙が出ることも
涙が出るのは、海の前だけではありません。2015年、ウィーン大学のマシュー・ペロウスキさんは、イギリス・日本・アメリカの美術館で、抽象画を含む作品を見た人たちに調査を行いました(学術誌『Frontiers in Psychology』)。
その結果、作品の前で「泣きたい気持ちになった」人ほど、その作品をよい・美しいと感じ、意味をつかみ、自分自身をふり返ったり、何かに気づいたりしていたことが、三つの国で共通して見られたそうです。ペロウスキさんは、涙は、見る人の中で何かが組みかわったしるしなのではないか、と考えています。
自分のための一枚を
わたしは「Mermaid nao」という名前で絵を描いています。海の前でこぼれる涙と、絵の前でこぼれる涙は、どこかでつながっているように思います。どちらも、自分よりも大きなものや、大切なものとのつながりにふれたときに、心が動いたしるしなのかもしれません。
わたしのオーダーアートは、お話を聞いて、その方が大切にしてきたことを色とかたちにする抽象画です。研究が示しているのは、絵が涙を約束する、ということではありません。それでも、自分のために描かれた一枚が、海を見たときのように、ふと心を動かすことはあるのだと思います。オーダーの流れはPERSONAL ORDER ARTのページにまとめています。
まとめ
- 海岸に近い地域に住む人ほど、自分の健康状態を「よい」と答える人が多かった(2012年)
- 大きなものへの畏敬の体験をすると、「自分」の感覚が小さくなり、まわりとのつながりに目が向く(2017年)
- 「心を動かされる」感情は、19か国で共通して、胸のあたたかさや涙、鳥肌をともなう(2019年)
- 美術館で「泣きたい気持ち」になった人ほど、作品の意味をつかみ、自分をふり返っていた(2015年)
【参考にした情報・引用元】
Wheeler BW, White M, Stahl-Timmins W, Depledge MH. Does living by the coast improve health and wellbeing? Health & Place, 2012
Bai Y, Maruskin LA, Chen S, et al. Awe, the diminished self, and collective engagement: Universals and cultural variations in the small self. Journal of Personality and Social Psychology, 2017
Zickfeld JH, Schubert TW, Seibt B, et al. Kama muta: Conceptualizing and measuring the experience often labelled being moved across 19 nations and 15 languages. Emotion, 2019
Menninghaus W, Wagner V, Hanich J, et al. Towards a psychological construct of being moved. PLoS ONE, 2015
Pelowski M. Tears and transformation: feeling like crying as an indicator of insightful or “aesthetic” experience with art. Frontiers in Psychology, 2015

