同じ絵でも、置かれる場所で意味が変わる ― ロスコの礼拝堂と、ズバスの夢

同じ絵でも、どこにかけるかで、受けとるものが変わる。2026年10月にアメリカの美術誌『ARTnews』が伝えたニュースを読んで、そのことをあらためて考えました。教会に絵を飾ることを夢見ていた画家と、レストランから自分の絵を引きあげた画家。ふたりの話を紹介します。

教会に飾ることを夢見た画家、フリーデル・ズバスさん

フリーデル・ズバスさん(1915〜1994年)は、ベルリンに生まれ、1939年にアメリカへ渡った抽象画家です。ジャクソン・ポロックさんと知り合い、ヘレン・フランケンサーラーさんとアトリエを分け合い、色あざやかな大きな抽象画で知られるようになりました。

そのズバスさんが、1960年代のはじめの短い間だけ、色を手ばなして、黒と白の絵を描いていた時期があります。20年ぶりにドイツへ帰り、バロック様式の教会や修道院をめぐった旅のあとのことでした。ズバスさんは、ヨーロッパのどこかの礼拝堂の壁を、この黒い絵で埋めつくすことを夢見ていたそうです。1962年に発表したときは、ほとんど売れませんでした。

ズバスさんは夢をかなえないまま亡くなりましたが、2026年10月、ニューヨークのナタリー・カーグ・ギャラリーで、この黒い絵の展覧会「Darkness into Light」が開かれました。会場の建物は、となりのウクライナ系の教会の学校だった場所です。ギャラリーの方は、ズバスさんはきっと喜んでいるだろう、と話しています。展覧会では、多くの作品に買い手がつきました。

ズバスさんは、1966年と1968年の2度、グッゲンハイム・フェローシップ(アメリカで芸術家や研究者に贈られる奨学金)を受けた画家でもあります。1902年に創刊された、世界でもっとも古い美術誌のひとつ『ARTnews』が、いまこの黒い絵をとりあげたことにも、作品の力を感じます。

ナタリー・カーグ・ギャラリーは、歴史の中で見すごされてきた作家の仕事を、ひとつのテーマにしぼってていねいに見せる展覧会を続けてきました。レバノン出身の画家ユゲット・カランさんの「Silent Letters」(2016年)や、アル・ヘルドさんのパリ時代の作品展などです。今回も、ジュール・ラザールさんとともに、めったに見ることのできなかったズバスさんの黒い絵を、ふたたび人の前に届けました。60年あまり前に画家が夢見た「祈りの場のそばに飾る」ことを、かたちを変えてかなえた展覧会だと思います。

ズバスさんは生前、アメリカ・マサチューセッツ州の教会に3点の絵を貸し、1年ほど礼拝堂にかけられていたこともあったそうです。のちにボストンの大聖堂が、ズバスさんの絵の複製を飾ったとき、大聖堂の方は「ズバスさんは、自分の絵が祈りの場にかかることを願っていた」と紹介しています。

レストランから絵を引きあげた、マーク・ロスコさん

もうひとり、抽象画家のマーク・ロスコさん(1903〜1970年)は、ニューヨークの高級レストラン「フォーシーズンズ」のために、大きな絵のシリーズを頼まれていました。ところがロスコさんは、レストランはこの絵にふさわしい場所ではないと考え、報酬を返して、依頼を断りました。友人への手紙には「この二つは、合わなかった」と書いています。

その絵のうち9点は、1969年にロンドンのテート美術館に寄贈されました。テートでは今も、ロスコさんがすすめた壁にかける高さ、光、壁の色にあわせて展示しているそうです。描いた人にとって、どこに、どうかけるかは、絵の一部だったのです。

ロンドンのテート・モダンでは、この9点を集めた「ロスコ・ルーム」が、館の方が「必ず見てほしい部屋」と呼ぶほどの人気の展示室になってきました。テート・モダンのコレクション展示は、入場無料で見ることができます(展示の内容は時期によって変わるので、公式サイトでたしかめてください)。

祈りの場のために描いた14枚

ロスコさんは、そのあと、アメリカ・ヒューストンの「ロスコ・チャペル」のための絵を描きました。1964年に、美術を愛したジョン・ド・メニルさんとドミニク・ド・メニルさん夫妻が依頼したものです。ロスコさんは2年以上かけて14枚を描きあげ、1967年に完成させました。ロスコさん自身は1970年に亡くなり、チャペルは1971年にひらかれました。

いまでは、宗教のちがいをこえて、世界中から毎年およそ10万人がこの場所を訪れています。絵と建物がひとつになって、静かに自分と向きあう場所になっているのだと思います。

チャペルの前の池には、バーネット・ニューマンさんの彫刻「ブロークン・オベリスク」が置かれ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師にささげられています。チャペルは1986年から「オスカル・ロメロ賞」を贈り、困難な状況の中で、人の権利を守るために地道に活動している人たちをたたえてきました。絵を見る場所であると同時に、一人ひとりの尊さを大切にしつづけてきた場所です。

会社や医院に置く一枚も

ズバスさんとロスコさんの話を読んで思うのは、絵は、かけられる場所によって、はじめて意味ができあがるということです。

会社の入口にかける絵は、毎朝そこを通る社員の方と、はじめて訪れるお客さまを迎えます。社長室の絵は、大事な決断をする人のそばにあります。医院の待合室の絵は、不安な気持ちで座っている方の目に入ります。同じ一枚でも、置かれる場所によって、担う役割がちがいます。

わたしのBUSINESS ARTでは、その会社や医院が大切にしてきたことをうかがって、抽象画にしています。どこに飾り、だれが毎日その前を通るのか。それを一緒に考えることも、一枚をつくる大切な一部だと思っています。場面ごとの絵については、社長室・応接室・オフィス、クリニック・病院・治療院の待合室のページにまとめています。全体はBUSINESS ARTのページをご覧ください。

まとめ

  • ズバスさんは、黒と白の絵で礼拝堂を埋めることを夢見ていた。2026年、元は教会の学校だった建物で展覧会がひらかれた
  • ロスコさんは、レストランはふさわしくないと考えて依頼を断り、絵の9点はテート美術館に寄贈された
  • ロスコ・チャペルの14枚は、1971年から、毎年およそ10万人を迎えている
  • 会社や医院の絵も、どこに置くかで役割が変わる

【参考にした情報・引用元】

ARTnews(Friedel Dzubas’s Rare Black Paintings Return to New York)2026年10月
Episcopal Diocese of Massachusetts(Cathedral to mark one year in renovated space with art and thanksgiving)2016年
Tate(Rothko’s Seagram Murals come to Tate St Ives for the first time this summer)
Rothko Chapel(About)
Rothko Chapel(The Óscar Romero Award)
Tate(Making Traces: Behind the Scenes)2015年
Nathalie Karg Gallery(A Black Series: Friedel Dzubas 展覧会のお知らせ・ARTRABBIT掲載)
Lincoln Glenn(Friedel Dzubas)
EBSCO(ARTnews Magazine Archive)

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