こんにちは!
毎日人魚naoです☆
今回は、
マヤ暦で言う
「鏡の向こうのもう一人の自分」
と私が出会ったお話しです。
本文の前にこちらの記事がおススメ☆
マヤ暦について簡単に説明してあります。
「鏡の向こうのもう一人の自分」とは?
鏡kinと言われるこの存在は、260のkinナンバーのうち自分にたった1つだけ当てはまるkinナンバーの事です。
自分にとっての鏡kinは、自分の隠れた性質や潜在意識と言われ、いわばもう一人の自分自身。
自分にとって足りない部分や埋もれている才能に気付かせてくれる存在なんだそうです。
しかし鏡kinに出会える確率は5000万分の1と表される程かなり低く、出会えたら奇跡と言われています。
もし自分の鏡kinに出会えたら、、
それは、
「今の生き方で間違っていない。この調子で大丈夫。思った通りに進みなさい。今から良いことが起こるよ。人生の流れが変わるよ!」という
宇宙からの祝福のメッセージなんだそうです。
応援されているという証拠。
どんな出会いも素晴らしく、
大切でミラクルなものではありますが
鏡kinとの出会いも、
本当にかけがえのない素敵な巡り合いなんだそうです。

マヤ暦を知るきっかけ

私がマヤ暦を知るきっかけになったのが、
以前一緒にインスタライブをさせていただいた唯さんです。
唯さんとは、
私が宮古島に移住していた時に知り合いました。
友人の友人、
そのまた友人という繋がりからの
何とも不思議なご縁でした。
私は宮古島に移住していたタイミング、
唯さんは1日だけ宮古島に旅行に来ていたタイミングだったのですよね。
そこで
友人の友人が、
「せっかくだからみんなでご飯でも食べよう。」と。
その時に
マヤ暦を勉強していた唯さんに
自分のkinナンバーを見てもらったのが、
初めてマヤ暦に触れた機会となりました。

唯さん
れーかちゃんはね、kin106だからね、‥
(宮古島での私の名前はれーかでした。)
こちらの記事で理由を書いてみました。
自分の生年月日しか教えていないのに、
自分に思い当たるような事を言われて
びっくりしたのを覚えています。

nao
マヤ暦っていう面白いものがあるんだな〜
唯さんに出会った直後や
マヤ暦を知った直後は、
そんな風にフワッと感じていました。

なぜか気になる相手

唯さんと知り合った当時

唯さんと宮古島で出会い、すぐに
連絡先やFacebookを交換してお友達になりました。
私は唯さんと初めてお会いした時、
あまりの美しさに目が釘付けになりました。
  • お顔綺麗、THE!モデル、
  • 足ながい(マネキンみたい骨どうなってるの)
  • 露出度高めの(私からしたから)黄色いドレス(のようなお洋服)
  • 笑顔の瞬間まわりに金粉が見える
  • 笑うと金粉
  • 笑わなくても金粉
  • ゴールドの摩訶不思議な腕輪を(私からしたらどう着ければ良いか迷うやつ)お洒落に着こなしている!!!
  • 風が唯さんの為に舞っているー!!!!!!!!!
(自然に吹く風ですら唯さんの美しさを周囲に表現する為の演出に見える)
なんだこの方は。
同じ人類かと。いや違う
宇宙人がいるなら
こういう方を宇宙人と呼ぶのだなと思いました。
美しさの次元が高すぎて脳天がズドーンと撃ち抜かれたようでした。
第一印象がそんな風に衝撃的すぎたので、
その記憶を
今でもはっきりと覚えています。
でもご一緒すると、
全然気取ったところがなくて。
とってもフレンドリー!
ピザをバクバク
チョコをバクバク
ガハハと笑う
なんて魅力的な人なんだろうと。
メンタルも人生も真っ暗、
まだ闇期全開だった私にとって
唯さんの存在はあまりにも眩しすぎました。
(当時も今も、唯さんに出会えてとても幸せです。)
そんな素敵な出会いでした。

nao
なつかしーな〜

ご縁というギフト

唯さんは出会った翌日の朝早くに宮古島を出発してしまいました。
移住していた私は

nao
せっかく知り合えたのにさみしーなー。また会えるかなー。ちょー綺麗だったなぁ唯さん。
とずーっと唯さんの事を考えていました。
唯さんの事を考え過ぎるあまり、
私は唯さんイメージの絵を
いつの間にか描いてしまっていたのですよね。
そしてFacebookからメッセージを送りました。
その後すぐに、
唯さんからお返事が届きました。
その内容は、
絵に関しての喜びの言葉と
私の症状をとても心配し、食事面でのアドバイスを綴ってくれたメッセージでした。
(当時私はアメブロをやっており、摂食障害や鬱の悩みを書き殴っていました。唯さんは、それを読んでくれていたそうです。)
私は唯さんのそのメッセージから
その頃欲しくて欲しくてたまらなかった愛情を沢山受け取ったような気持ちになりました。
私が描きたくて勝手に描いた
こんなにも喜んでくれるなんて
感激と安堵の気持ちと
生きていることが苦しくて
汚ない感情を汚ない言葉で
いっぱいに書き込んでいたブログ
まさか唯さんが読んでくれていて
しかもこんなにも暖かいメッセージを送ってくださるなんて、
と。
メッセージを受け取り、
その愛情が大きくて温かくて
心地よくて。
しばらくぼーっと
フリーズしていました。
その後も度々
唯さんとメッセージのやり取りをしていました。
kin106だったような気がしたけれど今度はkin108になっている私。(笑)

気になる相手、という理由

宮古島で出会ってから、
唯さんも私のことが
気になって気になって仕方がなかったそうです。

nao
えへへ笑
それは、
唯さんと私が
「鏡の向こうのもう一人の自分」
だったから。
宮古島を出たあと、
唯さんが私のマヤ暦を調べ
唯さんのkinナンバーと照らし合わせて
判明したそうです。

nao
なんと!!!!!!!こんな素晴らしい人とそんな特別な関係性だったのか!!!!!!!
と、
私はそれだけでとっても勇気が出るようでした。
その事実があるだけで
今日も、明日からもまた頑張れる!!!!!!!
宮古島に来た意味はあった、
超あった!!!
と。
感激しっぱなしで、
唯さんとの出会いに本当に感謝しました。
2016年
唯さんの結婚祝いに二度目の絵を描き
その後唯さんにいただいたお手紙がこちらです。

nao
全文初公開!嬉しいことなのでシェアします!!!
唯さんごめんね///
やはりkin108の私。

nao
ン?前確かkin106だったような、、まあいいか、、。
kinナンバーに若干の違和感がありましたが、
唯さんがくれたメッセージ
私を想って降ろしてくれたメッセージだと感じていたので
ナンバーの違いはあまり気にしていませんでした。
今よりマヤ暦を理解もしていませんでしたし。
どんなkinナンバーだとしても
唯さんからいただくメッセージは、
いつも私にとって大きな励みとなっていました。

ずっと大切な宝物。

 

 

 

 

この動画の最後の方で少しお手紙を朗読しています。

衝撃的な事実

宮古島生活から4、5年ほど経ち
私も地元山形へ帰り結婚、
唯さんも子育て真っ只中で福岡にいた頃。
SNSではずっと
お互いに繋がっていましたが
超久しぶりに唯さんとオンラインでお話しすることに。
自分の進むべき方向に迷っていた私が
唯さんにマヤ暦のセッションをお願いしたのです。
↑セッションのご希望はDMまで☆

nao
久々だなー!唯さん。私は唯さんが言っていたkinナンバーなんだと思うけど、セッション前にもう1回確認しようかなー!
ふとそんな事が頭をよぎり
自分で自分のkinナンバーを調べることにしたのです。
そして

nao
?!

nao
kin96??
何度調べても、
今までのkinナンバーではなく
私はkin96だと表示されるばかりでした。

nao
私は唯さんと「鏡の向こうのもう一人の自分」じゃなかったの?、、
その後唯さんとのセッションで
私の生年月日とkinナンバーを何度も確認し
やはり私のkinナンバーはkin96である事が
確定しました。
唯さんとずっと鏡kinであるという事に
自信と誇りを持っていた私のショック、、、
いきなり里子に出されるというような
母親から無理やり引き剥がされるような
どーーーーーーーーしようもない
寂しさが襲ってきてメンタルかるく
しにましたね!笑
頭の中で、
「おしん」の
母と子が別れるシーンが
よぎったくらいにです。笑

nao
wwww
思い出してもまじ泣きそう。笑
※でも、鏡kinではなかったものの、
唯さんと私のkinも関係性のある者同士でした。

nao
ワーイ
でも泣くよ。www
しかしショックが大きすぎたせいか、
なんの関係性かは
何回聞いてもすぐ忘れちゃうんですよね!笑
みごとな後遺症。笑
しかし!
あの時宮古島で
唯さんと出会えた事は
私の生きる力であったこと、
素晴らしい原動力をいただいてたことは
ずっと変わらぬ事実です。

 

数年後、唯さんが好き過ぎて私の結婚祝いに唯さんの写真集をオーダーしました。(笑)
特注。
唯さんとは鏡kinではありませんでしたが、

nao
じゃあ私の「鏡の向こうのもう一人の自分」は一体誰なのかなー?いつ出会えるのかなー!楽しみだなあ〜
と鏡kinに対する想いは
更に待ち遠しく
ますます楽しみになっていました。

宮古島生活の始まり

私の移住した理由

ところで。
なぜ私が宮古島にいたのか
さらっとご説明します。
宮古島に移住したのは突然の思い付きで
そこからトントンと
思い付いた2、3週間後くらいには
宮古島に移住していました。
ある日頭の中に、
綺麗な青い海が浮かんできたんですよね。
それで、「宮古島だ」と。
それまで沖縄に行った事もなく、
宮古島が離島だということも知らずにいたのですが。
離島だという事は、
出発の1週間前に知人と話をしていた中で判明しました。笑

nao
あー、、、だから飛行機、乗り継ぎなのかー、、、
※東京から1本で行ける便もあります。
その頃の私は、
そんな突拍子もない行動をしてしまう程、
生きること全てが苦しくて。
知り合いが誰もいない所に行って
消えたかったんですよね。
一切の関わりを断ちたかったんです。
それで、ぴょーんと飛んで行きました。
でも、
初めて宮古島に到着した時

nao
あ、ここなんだか懐かしいな。来たことがあるような感じがする。
ほっとしたんですよね。
そんな移住生活の始まりでした。

宮古島初日とSちゃんとの出会い

宮古島初日、
午前中に空港に到着した私を
勤務先の店長が迎えに来てくれました。
店長おすすめの宮古そば屋さんで昼食をご馳走になり
軽く買い出しを済ませ、
お世話になる寮に送ってもらい
「じゃあ明日からよろしくね。」
と店長と別れました。
思い出
おそば屋さんで
店長はソーキそばを食べていて、
骨までしゃぶりガリガリと喰い尽くす光景にびっくりしました。

nao
沖縄人すげぇ、、骨まで喰う、、
軽くカルチャーショックを受けました。
ごめんなさい若干引いていました。笑
この方はもしかしたら人も喰うのかもしれないとちょっと怖かったです。(笑)
見知らぬ土地でいきなり生命の危機を感じた瞬間でした。
ソーキそばにも種類があり、「軟骨ソーキ」と言われるものは柔らかいので骨も食べる事が出来ます。
そんな事もありつつ、、
その後寮でぼーっとしていたのですが、
外は14時か15時頃。
まだとても明るかったので
散歩に出掛けました。
住んでいるすぐ近くにがある事が新鮮で、海を見たくなりまして。
一番近い、歩いてすぐのパイナガマビーチ。
堤防のところをフラフラと歩いていました。

nao
海きれいだなー。あー、ほんとに来ちゃったよー、あー、どーしよー、ほんとに沖縄に来たんだー、これが沖縄かー、あー、これからどうなるんだろう。

nao
海、すごいなー。こんな近くに海があるんだ。こっから飛び込んだらしぬのかなー。でもバタバタしそうだなー、息しなくなるまで苦しいんだろうなー。とりあえずやめるかー。私ここまで来たからなー。もうちょっと生きてみるかー。
そんな事を思っていました。
そして夕方。
せっかく沖縄に来たからと、
沖縄料理のある居酒屋に行きました。
その時です。
お店の中に入ろうとすると

アーーーーーーー!!!!!!!!

さっきネーネー(お姉ちゃん)

堤防のとこ歩いてたでしょ!!!!!!!

俺見たよお!

海のとこいたでしょ!!!!!!!!

とお店の入り口に座っていたトトロのような大きな体格の男性に声を掛けられました。

nao
海?ああ、さっきか。

nao
はい、多分。(‥私、、か?)

俺もさっき海に車停めて休んでてさあ

そしたら俺の目の前をフラーって

ネーネーが通って、でも俺

《この娘自殺するんじゃないか》って思って

心配になって

ネーネーが帰るまでずっと見てたんだよお!

ああ良かった、

ちゃんと帰ってきたんだね!

そうかそうか、良かった〜!

トトロのような男性は、
その居酒屋のスタッフでした。
(以下、彼をSちゃんと呼びます。)
Sちゃんは日中、
私が堤防を歩いていたところを
たまたま見かけていたようで
そしたら夕方に自分のお店に入ってきたから
びっくりしたと。
そしてSちゃんから見て
私は様子がちょっとおかしかったようで、
海から遠ざかるまで
心配して見守っていてくれたと。

nao
見られていたなんて。驚
そしてSちゃんのいるお店で、
初めての沖縄料理や宮古民謡、
三線の音色を楽しみました。
ご飯を食べ終わり
お店を出ようとした時です。

ちょっとちょっと、

ネーネー!ここ座れ。

とSちゃんがまた話しかけてきました。

せっかく宮古島に来たならさ、

楽しんでいかなきゃ!

俺の知り合いの店を紹介するから

先に行って待っててよ。

仕事終わったら俺もすぐ行くからさ!

そこにみんないるから!

と言って
Sちゃんに次のお店を紹介されます。

nao
えー、、、、、、、
その時、実は私お腹を壊していて、寮に早く帰りたかったんですよね!笑
でも断りきれず、腹痛を我慢しハラハラしながらそのお店に向かいました。

nao
出、、、、出ませんように、、、
Sちゃんが紹介してくれたお店は、
Pという小さな大衆居酒屋のような場所でした。
そこで私は、
のちに
結婚式のスピーチも担当してくれた友人A
かけがえのない大切な方々に出会います。
人に対して心を完全シャットアウトしていた私が今こうして元気でいられるのは、
SちゃんやPでの出会いのお陰です。
本当に感謝しきれません。
宮古島に着いた初日は、
Sちゃんに出会い
そしてPというお店に行くという
大変濃い1日でした。
居酒屋Pを簡単にご説明。
Pの店主は宮古島の裏ボス、ダースベイダーと呼ばれる権力者。(権力者ではないけど圧が凄い。とても愛情深いみんなのパパ。でも悪ふざけがヤバすぎる。泡盛とビール、ミルク酒を混ぜてちゃんぽんにして飲んだりする。自分でオエオエしながら、そして人にも飲ませる。)
そんな店主が仕切るお店に遊びに来る常連さんやお客さんもみんな濃い。一言で言うなら地獄絵図。みんな妖怪かモンスター。キャラが強すぎて濃い。男性陣はよく脱ぐ。すぐ脱ぐ。女性陣も強烈な方いっぱい。(でもみんな優しい。すごく空気を読む。人に対する愛情が半端ない。楽しい事が大好きな方々。県外出身者も多い。)
‥いかに濃いか多少伝わったでしょうか?
思い出すだけで頭の中がクソやかましいです。笑
そんなすごい1日でした。
私メンタルぼろぼろだったんですけどね。
荒療治かな?
かなり効きましたよ。

Sちゃんとの日々

宮古島初日にSちゃんと知り合ってから、
ほぼ毎日のように色んな場所へ連れて行ってもらいました。
先ほどのPはもちろん、
Sちゃん行きつけのカフェやバー、
真夜中のドライブや
不思議な洞窟など。
サガリバナ、と言われる
不思議なお花を見に連れて行ってもらったり
東平安名岬の灯台の下で
一緒に流れ星を見たり。
(たった10分間で10個とか流れてくる。)
池間島のハート岩、
来間島の夜行虫
伊良部島の下地空港があった場所、
島尻のマングローブや
イムギャーマリンガーデンなど。
小さめでずんぐりむっくりな
可愛い宮古馬を見せてくれたり
イカ墨の不思議な味を食べさせてくれたり。
ありとあらゆる宮古島の楽しさを
沢山教えてくれました。
この動画で宮古馬が見れます。
東平安名岬
宮古島の最東端にあり、日本百景のひとつと言われていたり、日本都市公園100選にも選定されたこともある有名な観光スポット。
これがサガリバナ。友人Aが写真をくれました。
宮古島で生活している時は
しょっちゅう呼び出しの電話が掛かってきて、
Sちゃんが修理して大事に乗っているという
黄色のジムニーで迎えに来てくれました。

おい何してる〜

遊びに行くぞ〜!いま迎え行くからな〜

と。
宮古島での生活は、大半をSちゃんと過ごしていたようなくらいです。
あと友人A。

nao
そんなSちゃんは会うたびに、
友達いっぱい作ると良いよ。
と私に言っていました。
友達をいっぱい作ると、楽しいからと。
人と関わることを避けて宮古島に来たのに
なんで関わらなきゃいけないんだ、
そんなに友達いなくていいよ、今のままでいい。
と実は話し半分で聞いていたんですけどね。
失礼な私でした。
当時の私はまだまだ拗(こじ)れていました。

心が楽になっていく。

宮古島でSちゃんと出会い
Pというお店に出会い
宮古島生活も半年ほど経とうとしていた頃。
Pのお店で、先ほどから話に出ていた友人Aと出会います。
Aは仕事の転勤で宮古島に来ていたようです。
友人Aを初めて見た時に、
私はAのルックスに一目惚れ。

nao
なんて綺麗なお姉さんなんだ!!!!!!!
じーっとガン見していました。
あとから話を聞くと、
私がガン見していた事は、Aも気付いていたようです。笑
その後Aと連絡先を交換しました。
それからです。
AはSちゃんと同じように
私にしょっちゅう連絡をしてくるようになりました。

nao
私から一目惚れしたお姉さんだけど何かこの人もぐいぐい来るなぁ、、ちょっとやだ、、
やだけど、断れなかった私。(笑)
人見知りを激しく発揮していた私の心を
土足でドスドス上がってくるパワフルなAでした。
後日談
友人AはPで私に出会った時、「この子ほっとけないな。なんか心配だな」と思ってくれていたらしいです。
病んでいたのがバレていた模様。
Sちゃん友人Aの誘いを断りきれず、
連れ出されるまま
ずるずる(ちょっと嫌々)お供していた私ですが
今となってはSちゃんと友人Aに心の底から感謝しています。
そうしているうちに、
どんどん宮古島での生活が楽しくなっていきました。
顔を合わせるみんなが大好きになっていきました。
Sちゃんや友人Aと過ごす時間が
楽しくて嬉しくて仕方がありませんでした。
そうして楽しい時間が増え
自分が幸せだと感じられるのは
みんなのお陰だなと思う度に、
だんだんとSちゃんの言う
「友達いっぱい作れな〜」の意味が
理解出来るようになってきました。

内地に戻ってからの日々

楽しかった宮古島生活ですが、
私はまた地元に戻ることにしました。
お別れの時にSちゃんが三板(さんば)をくれました。
カスタネットのような、3枚の板で構成されている沖縄の打楽器です。

荷物になるといけないから、小さいの。

これを見てみんなのこと思い出してね。

それからはFacebookでお互いの近況を知ったり、
友人を通してSちゃんの話を聞いたりしていました。
1回だけ、Sちゃんにさくらんぼを送ったら
メッセンジャーからお礼のメールをくれました。
その2ヶ月後くらいに、
私の友人が宮古島に行くと聞いたので
Sちゃんのお店をおすすめしました。
しかし
そのメールから少し経った頃から、
Sちゃんからメールの返事が返ってこない時がありました。
気になってFacebookを見ると
元気にしている様子がたまにアップされていたり、しなかったり。
宮古島にいる友人に聞いてみると、最近見かけたり見かけなくなっていたり。
私はぽつりぽつりと、
だんだんとSちゃんの気配が感じとれなくなっていました。
またしばらく経った頃、
友人を通してSちゃんが体調を崩した事を知りました。

虫の知らせ

Sちゃんは多分、闘病生活やリハビリを頑張っていたのだと思います。
プライバシーに関わると思い
どこまで踏み込んで聞いていいのか、
連絡していいのか分からなかったので
時折アップされるFacebookで近況をのぞいたり
宮古島にいる友人にこっそり話を聞いたりしていました。
でもそのうちに、
Sちゃんに関する詳細な情報を
私の周りで知っている人がいなくなりました。
宮古島から帰ってきて、
1日たりとも
Sちゃんや宮古島で出会った方々のことを思わない日はありません
それくらい、
宮古島で出会った方々は
私にとってとても大きな存在です。
Sちゃんの事が、
いつもずーっと気になっていました。
しかし
なかなか誰かに
ぐいっと踏み込んでまでは聞けずにいる日々を過ごしていました。
ところが。
やはり気になって仕方がなかったんですよね。
知ったところで、
今はコロナという状況ですし
なかなか会えないかもしれません。
だけど、
このままうやむやにして何も行動を起こさず
後悔するのはいやだなと思いました。
なので思い切って、
以前Sちゃんと一緒に働いていた方に
Facebookで連絡を取ってみる事にしました。
その方は、
突然のメッセージにも関わらず、
とてもご丁寧で親切なお返事をくださいました。
そのメッセージでSちゃんの近況を知り
とりあえずSちゃんはリハビリを頑張っているんだな、元気なんだなと安心しました。
ほっとしたのと嬉しかったのとで、
その事をSちゃんを知る共通の友人にもお話ししました。
しかしその5日後です。
Sちゃんの訃報を聞きました。
そのことは、
また別の友人が私に教えてくれました。
意味がよく分からなかったです。

Sちゃんが繋いでくれた縁

宮古島を出てから6年近く会っていなかったのでしょうか。
メールのやり取りも、もうだいぶ前が最後です。
なので
この世にSちゃんがいないことが
何かつかめないふわふわした感じで
いまいちピンときませんでした。
まだ声も笑顔もはっきり覚えているし
次に宮古島に行ったらまた会えると思うし
実感があるような、ないような。
そんな中でちょっとだけ涙が出たり
でもSちゃんを思い出すと
Sちゃんの笑顔しか浮かばなくて
すぐ涙が引っ込むんですよね。
絶対笑っているんだろうなって。
いたずらを考えて
ニヤニヤと何かを企んでいるかのような
あの笑顔で、
お〜!元気でやってるか!
って。
元気でリハビリ頑張ってるって
聞いたばっかりだったじゃんって
なんで?って
よく分からなかったです。
Sちゃんの事を聞いてから、
LINEやFacebookで
宮古島の方々や友人と静かにメッセージを交わしました。
Sちゃんを想い、
メッセージを通して一緒に悲しんだり
思い出を語り合ったり
Sちゃんを思い出して笑ったり。
絶対悲しいはずなのに、
Sちゃんの思い出話で笑ってしまうのが不思議でした。
Sちゃんにもう会えないと思うと、
とても辛くてさみしいのに。
私ひとりだったら、
今回のSちゃんの件をずっと知らずにいただろうし
私ひとりだけだったら、
Sちゃんの事を知って、
こうしてすぐには元気になれなかっただろうな。
落ち込みからしばらく抜け出せなかっただろうなと思いました。
でも一緒にSちゃんの事をお話出来る人が沢山いて
同じ気持ちを共有できる相手がいて
かなしくて辛くてやりきれない気持ちだったけれど
いつまでも悲しんでばかりじゃだめだよな、
前を向いてまた自分の事頑張らないといけないなと思う事が出来ました。
つらいのに、
なんでか
励まされたような。
そんな事を思う中で、
Sちゃんのことを知らせてくれた友人や
Sちゃんを通して出会えた
大切な方々とのご縁に
改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
Sちゃんがよく言っていた、
「友達いっぱい作れよ〜」とは
この事かと。
Sちゃんが繋いでくれたご縁を
これからも大事にしていきたいと思います。
後日談
正確にはSちゃんは、
私が近況を聞いた2日後に亡くなっていたそうです。
あと、Sちゃんが亡くなってからも、
Sちゃん繋がりでまたお友達が増えたんですよ。
「いつかみんなで、宮古島で
Sちゃんパーティーやろうね!」って。
生前も、亡くなった後も
人とのご縁を繋いでくれたSちゃんに
心から感謝です。

8年越しの真実

Sちゃんの近況を思い切って聞いてみよう!
と考えていたあたりから、

nao

そういえばSちゃん、

俺は33歳の時に三線を始めてね、人生が変わったんだよ〜

そこからこうやって今に繋がってね〜、

本当に有り難いなーと思ってね〜。》

ってよく話してたなぁ、、

私も今31歳で、今年32歳になるから

Sちゃんが言っていた33歳に

あと少しかー、、私もそんな歳か〜

と何度か考えるようになっていました。
そして今回のSちゃんの件を知り
共通の友人と話していた時には

共通の友人K

5日前に聞いたばっかりだったのにね〜、

虫の知らせだったのかなー?

不思議だね〜。

という話しにもなりました。
私ももう少しでSちゃんと同じ33歳
虫の知らせ

nao
?!

nao

あれー

そういえばSちゃんのマヤ暦

調べたことなかったなー!

調べてみるか!

私とSちゃんって

どんな関係性だったんだろー?

ふと。
何気なくそんな事を思ったのですよね。
私がよく利用しているサイトです。
そして、調べたのですが
その結果が
Sちゃんはkin165 で私がkin96です。
初めて見た赤文字でした。
Sちゃんと私は、
「鏡の向こうのもう一人の自分」
だったんですよ。
ずっと会いたくて知りたくて
たまらなかった存在。
それが8年前、
宮古島に着いた初日にすでに出会っていたなんて。
この赤い文字で表示されている画面を見た瞬間、
思わず声をあげて泣きました。
堪えていた想いが一気に噴き出したように
しばらく涙が止まらなかったです。
このブログを書いている今でも
思い出すと喉が痛くなり
涙が出そうになります。
なんて事だと
こんな事が起きるのかと
びっくりしました。
こんな事があるのかと。
その日はもうひたすら泣きまくって
頭がガンガンに痛かったです。
翌日
マヤ暦に詳しい唯さんにどうしても話しを聞いてもらいたくて、テレビ電話をしました。

唯さん

だから私、何度もnaoちゃんのkinナンバーを間違っていたのかな?!笑

ずっと教えてくれてたのかな!
ここにいるよーって!

私なんっっっかいも間違えたもんね!!笑笑

(呼び名はもうnaoになっています。)

nao
私、唯さんは数字が苦手な人なんだとずっと思っていたんですよ。笑笑
そんな会話をしました。
一応念のためお伝えしておきますが、
※唯さんは普段こんな間違い方は絶対にしない方です!!笑
セッションの際はご安心を☆
ずっと探していた相手が
実はもうずっとそばにいてくれたんだな、
宮古島に着いてからずっと
ずっとそばにいてくれたんだなと。
不安と絶望と
どーしようもない気持ちでいっぱいで
やーっと息をするためにたどり着いた場所で
着いた瞬間から
「今の生き方で間違っていない。
この調子で大丈夫。
思った通りに進みなさい。
今から良いことが起こるよ。
人生の流れが変わるよ!」
という
意味のある出会いだったんだと
思うとなんかもう泣くしかなかったです。
8年越しの真実でした。
マヤ暦の凄さを
とても実感した出来事でした。

直感で見抜いていた友人A

Sちゃんと鏡kinであるという事を
友人Aにも伝えたところ、
(友人Aは私の事をれーちゃんと呼びます。)
あー、そんな事もあったなあと
LINEをもらって思い出しました。
でも、宮古島にいた頃は
自己否定が強くてAの言う事を全く受け入れていなかったんですよね。
こんなにみんなから好かれていて
明るくてコミュ力もある
Sちゃんと私が似ているはずないじゃないか!
と。
見抜いていたAは凄いと思いましたし、
やっぱり
自己否定、って要らないのかもしれませんね。

残されたメッセージ

今回のSちゃんの件と
マヤ暦でのSちゃんと私の関係性を知り
ちょっと頭がいっぱいになった私は
それから少しぼーっとしていました。
そうしているうちに小田和正さんの「たしかなこと」が
ずーっと頭の中で繰り返し流れてきました。

自分のこと
大切にして
誰かの事そっと
想うみたいに

nao
あーコレ、Sちゃんが言ってた事みたいだなー。

君にまだ、言葉にして
伝えてない事があるんだ
それはずっと
出会った日から
君を愛しているという事

nao
うわー私Sちゃんにちゃんと大好きだよって伝えてなかったなー。もっと一緒にいる時間楽しめば良かったなー。もっと一緒に遊べば良かったなー。もっと早く宮古島にまた行けば良かったなあ

nao
Sちゃんにちゃんと愛してるよって言えば良かったなあ
「たしかなこと」の歌詞を考えながら
そんな事をすごく思ったんですよね。
恋人ではもちろんなかったですが
友人という言葉では表しきれないほど
大切な存在でしたので。
そしたら
このブログを書きながら
Facebookのメッセンジャーを
見返している時、
見つけたのが

nao
うわぁー、、、、、
Sちゃんはずっと、
以前から伝えてくれていたんだなあと。
今改めて気付きました。
私は、
「私もですよ」とは言っていたものの
ちゃんと言葉にして
伝えていなかったなぁと。
最後の最後まで泣いてしまうなぁと思いました。
多分絶対、
笑え!
って言うんでしょうけどね
Sちゃんは。
今なら恥ずかしがらずに言えるのになー!
Sちゃん
愛しているよー!!!!!!!

みんなが大好きなSちゃん

Sちゃんは、みんなを愛して
みんなから愛される素晴らしい人でした。
Sちゃんの事を
共通の友人と話したのですが
思い出のエピソードが面白かったです。

Sちゃんさあ「俺は1日1食しか食べないんだ。」って言ってたけどさあ、どうやってあの体型を維持していたのかな?(135kg)

いや食べてたよ?!
だって深夜のドライブに連れて行ってもらった時さあ、カロリーメイト2、3箱買ってそれ全部食べてたもん!
一番カロリー要らんでしょあの人ww

Sちゃんさあ、一緒にバーに行ってもお酒全く飲まなくてね、

それはリッターでコーラ頼むからね!笑
コーラ、ジョッキで来るじゃん。笑
しかもおかわりしてたでしょwww

身体に良いって豆乳飲んでたよね〜

あの甘っい紅茶のやつだよね!
あれもリッターで飲むじゃんwww
あれ結構砂糖入ってるよ?!
あまいもん!

ああ、、、それもジョッキだったねwwww
カロリーちゃんと摂ってたね!WWWW

Sちゃん食べるの大好きだったからさあ、病院食は辛かっただろうなー

味ないもんね。

うん、私でも無理だった。

Sちゃんからしたら修行だねww

まじ修行ww

今頃宮古島中のお店まわってさ、好きなだけ食べてるよ!笑

ガブガブガブガブ
Sちゃんは自分が思っている以上に
沢山飲んで食べて。笑
沢山の友人の輪の中で
いっぱいいっぱい笑って、
とても明るく豪快な楽しい人でした。
たくさんの愛情を、
どうもありがとう!!!!!!!!!!!!!!!!!
おすすめ。
私が宮古島初日に聴いて一番感動した思い出の曲です。

私がSちゃんの誕生日にSちゃんをイメージして描いた絵。

自分の思う通りに生きる

今回、マヤ暦を知っていたから
このように驚いたり感激したり
ご縁の凄さや素晴らしさを
より実感したのですが
でも
マヤ暦を知らなくても
知っていても
どちらでも良いんですよね。
気になるなら調べればいいし、
あまり興味がなければ全然
それで良いと思います。
自分がなぜか気になるなあ、
なぜか出会えたなあ、
ご縁があって繋がっているんだなあと思う人とは
マヤ暦を知らなくても、
絶対どこかで繋がっているんですよね。
大切なご縁なんですよね。
何かしらの。
そうでないと出会わない。
お互いに必要がなかったら
自然と縁は切れますし
自分が気になるとか
なぜか心地良いなと思える関係って
なぜか続くじゃないですか、
出会うべくして出会っているんだなと。
偶然なようで
それは偶然ではなくて、
必然だったんだなと。
だからやっぱり、
どんな時も
絶対自分自身でいなくちゃならないんですよね。
出会うべき人に、ちゃんと出会うために。
自分の思いに遠慮しないで生きること。
自分のことをまっすぐ信じていること。
マヤ暦は、知らなくてもいいことだけれど
知っていると、
この素敵な出会いの証明になるというか。
より、有難みが増すなあ
理解できるようになるなあと思いました。
今回の事で
Sちゃんには
また沢山のパワーをもらったような気がします。
出会ってから今も変わらずに
ずーっと、
すごいな人だなあ。
パワフル。
やっぱり
かなしみは、ありますけどね。
どうやったって。何度思っても。
さみしいですもん。
でも、
また前を向いていきたいと思っています。
まだまだ、
やりたい事もいっぱいありますしね!!
とっても長い文章、
読んでくださりありがとうございます!!!!
宮古島、とっても素敵なところです。
大好きな宮古島が、
いつまでも大好きな宮古島でありますように。
読んでくださり本当にありがとうございます!!!!
感謝です!
p.s.ちなみにさっきマヤ暦を調べたら
明日、2022/02/12土曜日はkin165
私の鏡kin、Sちゃんのマヤバースデーでした。
明日kin165の日に流れているエネルギーはリラックス☆
肩の力を抜いて、ゆるゆるのびのび
リラックスしながら過ごしましょう。
他に詳しいメッセージやアドバイスが知りたい時は、
ググってみると沢山出てくると思いますので
この機会にぜひマヤ暦をぐぐってみてください♪
というかマヤ暦を知らないで
ぴょーっと辿り着いた宮古島で
こんなにも大切な人たちに出会えたり
自分の人生がちょっと
楽しくなったりして
なんか、
もっと肩の力を抜いて
リラックスして生きていてもいいのかもしれないなぁと思いました。
ついつい、
叶えたい事や
世間の「こうあるべき」にとらわれ過ぎて
力み過ぎて
不要な空回りとかを
よくしてしまうのですが
もっと楽に
生きてもいいのかもしれないなあと。
明日のメッセージもリラックスですしね☆
この機会にもっと流れに身を委ねてみようかなと思った次第であります!
pp.s.
っとー!!!
先日のマヤ暦についてまとめた記事
から続いてこちらの記事も準備していたのですが
そして前日の昨日にアップする予定でしたが
(何日よ)
なかなか作業が進まず。
そして極めつけに仕事や家事やバレンタインのお菓子作りやら何やらで
なんとー!!!
今日になってしまいましたー!!!
kin165当日です。わーお
まさかのぴったりです。
あー
これはもうアレですね
嘘くさいかもですが本当の話です。
狙っていません。
なるようになってしまったお話です。
導かれる、って、あるかもしれませんね。
そういえば
以前もう一つ、そのような体験をしたので
それについてもまた今度
機会があればブログに書きたいと思います。
ということで
今日2022年2月12日、土曜日は
リラックスの日ですよー!!!!!!!!!!!!!!!!
読んでくださり本当にありがとうございます。
ほんっとうにありがとうございます!!!!!!!!
では!
またブログかきますね☆
あ、もし良かったら感想くださーい♡笑
読んでくださり
ありがとうございまーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!!!
LINE@
始めました♪
ではでは!!☆
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