購買意欲を掻き立てるアーティスト、本物は飽きない、デッサンと現代アート

本物は飽きない

今日の頭の中 メモ:
ハーブアンドドロシーのドキュメンタリー映画を観た
昨日すぐ観た
30分ほど観て、残りは今日全部観た
会う3日前に[早めに準備しておこう]と思って引っ張り出したここ3ヶ月の絵たち
集めてみたら自分の予想と全く違う事を感じた。焦った[やばい、全然だ、悔しい]
[これ持ってくの恥ずかしい。わーどうしよう。全然描けてない]
(この件はアメブロ に書いている)
⇒この感覚はやっぱ間違ってなかった
私はこんなものを売ろうとしてたの?
売れない理由が分かった
私はどこを見てたの?
あのふざけた名刺も作り直そう
私は何?誰?
よく分からない変なやつでしかない
あれ渡したの?恥ずかしい
【売れてる人には理由がある
人は信頼で買っていく
売る側の、買ってくれる人に対しての責任、それがお金】
私はちょっと履き違えていたんだろう
それだけの価値を私は与えられてた?
霊感商法側に行ってなかった?
それがしたかったわけじゃないよね?
わー難しいな、絵とメモがあるのか。これどうやって飾る?メモ、裏側に貼る?何を伝えたいの?どっちを伝えたいのかな?
そうか、そういう事かと思った。
【自分の中にブレがあるうちは売れないよ】
何を伝えたいのか、何を目指したいのかもっとはっきり自分の中で明確にすると良いね。
【信じるべきは自分。やるべき事も自分。アーティストだからといって、その人の人間性も大事。自分がやると決めたなら自分のお金は自分で稼ぐ。自分の力で自立する事も凄く大事。】
人が良いって言うから"良い作品"な訳じゃない。それをきちんと見極められないといけない。】
【抽象的な絵も、技術、知識があってそのくだけた絵になるのか、なくてその絵なのかで意味が違ってくる。自分の表現法もそう。知っててそうなのか、知らなくてそうなのか。学ぶ事と基礎ってね大事だよ。】
【好きにサッと描いて「これアートです」で¥3,000-で売りたいのか?(将来的には価値は分からない)または極めて将来ちゃんとしたオークションや価値がつく芸術家になりたいのか?どっちでも良いと思うけど自分がどっちになりたいのかよく考えてみると良いと思うよ。】
一流のアーティストは一流のコレクターでもあるんだ。自分で買って自分で家に飾って初めて分かるものがあるよ。】
何を伝えたいのかいまいちよく分からないから何とも言えないなあ。驚きがない。新しさがない。でもそれはいいね、ヒマワリの種が花びらみたいになっているっていう発想も色使いも。でもね他の絵はもう(この世に)あるんだよ。だからみても何も感じないから何を言いたいのか伝わってこないんだ。】
自分の作品に力を込めて描くのはいいけど
それを適当にあしらわれたくない。
低い価値で買われたくない
将来どこに行ってしまうか分からなくなるの怖い
誰の手に渡るのか、ネットの知らない人なのか
本当に求めてくれる、私の良さを認めてくれる人に絵を買ってもらえるのかとか
そーゆーの考えてたけどそもそも
そこまでのレベルじゃなかった、私
自分の絵はいくらです、って自信を持って売れない、値をつける事にびびってるって
そーゆー事なのかもな
【絵を買ってくれた人にそこまでの価値を提供できる絵なのか。絵を買ってくれた人に対する責任のある絵を作れているか】
ってとこがまだまだ弱かった
売れなくて良かったと思った
昨日見せた絵たちが
(まあ売れなかっただろうけど)
【良い作品はね、飽きないんだよ】
これもまさにそうだなと思った。
私は自分の絵に飽きてたじゃないか
出来た瞬間は嬉しかったし
描いたことに嘘はなかったけど
そのあとどうだ?
[じゃまだな、]って思った感覚は今でも覚えているぞ
まーひどい奴だったな
だから本当に売れなくて良かったと思った
最低。
【良い作品は飽きない】
これさ、自分の過去に描いたやつでも
その感覚はもう分かってたのかもしれない私。
未だに捨ててない絵がそれに近いものなのかもしれない
例えとして。
今まで沢山描いていた絵はこれまでにも
もう捨ててしまったもんね
でも残したいと思ってる絵は数枚残してる
それに近い感覚のものなんだろうな
実際に本物の絵たちを見て思った
[ずっと見ていられる。エネルギーがちがう。]
私に知識がないからか、
まだそれを言葉にはできないけど
昨日私が持って行った絵とは明らかにレベルが違う。だって私の作品、そこに置けないもん一緒に。(本物の作品たちが並ぶスペースに)それが分かってしまった。
今日見てきた作品たちはそこに迷いがないの。真っ直ぐなエネルギー
凄く突き刺すようなピュアなきれーな透き通った感覚がくるものばかりだった
(拙い語彙力で表すなら)
世間で開催されるナントカ展とか、有名な美術館やそこに飾られている絵を見る事も今までに何度もあったけど
一瞬パッと見てもういいや、って素通りする事も私はあって、でも足を思わず止めて見入っちゃう作品に出会う事もあって。
本物とニセ物の違いって多分そこだったんだろうなあと
【本物を実際に目で見る事ももの凄く大事】
そういう作品を見れてすごく嬉しかったし、やっぱ楽しかった
私は他人に対してアドバイスや助言、ヒント、聞く事などは出来るけど、それが出来るのはある程度の所までで、あとはその本人がどうするのか、どの方向に行くのか、どういう選択をするのかは
他人である私はただ見守る事しか出来ない
ただ見てることしか出来ない
その人に委ねるしかない
とか思ってたんだけど
なんかそれも要らん事だったような気がした
それですらもう要らん
人は勝手に決める
だから余計なお世話だしまじそれこそクソバイスだったなと
[介入してはいけないところ、介入できないところがある]
そう思ってたのに私は絵に言葉としてメッセージを入れてしまう事で気付かないうちにズゲズゲと人を操作しようとしていたのかもしれない
それこそつまんねえよな
自分の(他人に対する)考えや気持ちは、人に求められた時に初めてすればいいじゃんかね
言葉を入れてしまう事によって私が絵で伝えたかった事は伝わりにくくなってしまっていたし、私は言葉に頼りすぎたのかもしれない
【勘違いスピリチュアル系に行きたいのか、絵をアートとして、"作品"として見せたいのか】
もう一度よく考える必要がある
⇒作品として見せたい
【ちょっとしたオバチャンになるのか、芸術家を目指すのか】
あとは"何を学びたいか"も考えてみよっと
知識も技術もゼロだから、学ぶべき事とやるべき事は沢山あって、凄く途方もなく感じるし
【そっち(芸術家)を目指すなら茨の道である】
っていうのも凄くよく分かった
けど1つずつやる事でしか進まないし進歩もしないもんね
そこから目を背けたら私の逃げや甘さは変わらないもんね
よく分からないからパーッとまたなるんじゃなくて、まず《何を学びたいか》って事も絞っていってよさそう
今更焦ったって仕方ないもんね
焦ってやった事って結局ゴミにしかならない
なんも残らん
とりあえず現代アートの映画とか本とか気になったやつに触れてみ
くそはずかしい32歳だな
でも気付けたのはよかったのかな
また遊びに行こっと
悔しい。
私が作りたい作品は人の心を暴く絵
この世は散乱していて
ふと他に気をゆるすと恐怖や不安、心配、悲しみ、怒りとかそんなまごまごとした(禍々しい、って言いたかったんだと思う)ものに飲み込まれそうになるけど
そんなものに自分の心を侵されないで
もっと自分の魂、心、命の光を生きて
嘘ついてんじゃないわよー!!!!!!!
って言うようなハッとする
覚醒するような作品を作りたい
それはね分かったの
ひとの生きる力取り戻す絵
心ぶち破っていくような
はーもうほんとダサいくそダサい恥ずかしい
みっともない
けど嘆いてばっかじゃ変わんねーしな
とりあえずピンと来るものから触れていこうかな
あとどんな作品を作りたいかって
さっき描いたやつとプラス愛のあるもの
愛から始まるもの。
それは大事にしたいかな
今語れるほどのもんでもないけど
それは3、4日前のブログにも書いた
私の経験上そうしたい。
はー人を感動させるってすげえ難しい事なのかもしれないな
自分の学びたい事に対しても焦らず絞っていこう

購買意欲を掻き立てるアーティスト

今日の頭の中 メモ:
ハーブアンドドロシーの映画を2回目観た
ハーブはあるアーティスト(ソル・ルウィット)作品の良さについて聞かれた時、
『独創的な作家だった。作品は理解できなかったが、彼には何か将来性があるように感じた』と言っていた。
コレクターのハーブですら【作品は理解出来なくても、欲しくなってしまう何かを感じさせるもの】が、そのアーティストにはあったんだなと思った。それに対して私は驚いたというか、びっくりした。
そうなんだ、、と

私の強みと悔しい気持ちの答え合わせ

翌日と翌々日の朝。自分の未熟さに打ちのめされて、胸がずどんと重かった。
それが情けないことにちょっとしんどかったので何人かの方に話を聞いてもらったら、
【自分の、"これだけは"っていう強みは何かな?】と私に問いをくれた人がいた
[なんで私あの時《悔しい》って思ったんだろう?なんでそんな感情が湧いたんだろう?]と考えていたら、また別の方が【悔しさが無いってことは遊びだよ!】と教えてくれた。
そっか、そうなのか?
私は少なくとも絵にそんな気持ちで向き合っていたのか
私の強みも分かった。私の強みは何があっても絵をやめることは無いだろうと言う事だ
せっかちで飽き性、他に続いたものが無い私が今でも唯一やり続けていることが絵を描くことだ。物心ついた頃から、少なくとも小学生の時から落書きやお絵描きをずっとやってた。未熟な私は今もその延長上でしかないし、こんな事を言ったらただの屁理屈にしかならないけれど、小学一年生の頃6歳だとして、今32歳だから細々と26年は絵に関わり続けている計算になる。
実績もなにもないけれど
絵は多分手放せない
それが何になるのかと聞かれても今は分からないとしか言えないけれど
私は絵をやめる事は無いだろう

デッサンと現代アートを学びたい

頭の中メモ:
とりあえずデッサン教室の体験講座を受けることにした。行ってくる。
私がまず学びたいのは技術面ではデッサンやスケッチ(同じ意味合いか?)
あと知識としては現代アートについて知りたい。とにかく何でも。現代アートが好きな方におススメの本やアーティストを聞くことが出来たので、まずはその本やアーティストについて調べてみる。
覚悟があるか
どの道に行きたいのか
そこは多分はっきりと言えない。
それは私の弱さかもしれない
どんな道も行ってみたい
どんな道に行けるか分からないけど
行けるところまで行ってみたい
でも今回沢山考えたことで、絶対やりたくない事も見つかった。それは《自分自身が自覚している自分の課題から逃げないこと》
改善してやる
私の弱みはデッサンだから
私は絵が凄くヘタクソだから
絶対やってやる
もう焦らない。
(いや焦るかもだけど)
もうブレない。
少し前の私よりは明確になってきたんじゃない
まじクソ
(私が)
ガチクソ
かなりクソ!!!!!!!!
2022.10.19

これからの私のSNS

私インスタ4つぐらいやってて、だけど昨日他の3つを消しちゃった!フォローしてくださっていた方、連絡もなしにごめんね。
これからまた新しくプラスするか、1つのアカウントだけでやるかは未定だなあ
あとは他のSNSもしばらく放置するかもしれない。っていっても大したやつではなかったけど。自分に向いてるSNS、向いてないSNSってあるかなーと思った。またやりたくなったらやる
あとね、私の目指すものに関してなんだけどね、私は絵とメッセージを描いていたんだけど、私はへんなスピリチュアル系、みたいなじゃなくて芸術やアートとしての【作品】を作りたい。だからね今までやってたメッセージの部分も全部絵に込めれるようにする。
ただね、何か言葉やインスピレーションが浮かんでくるのも私の一部だと思うんだ。それも多分私なんだ。だからね、そういった言葉や呟き、感じた事はアメブロにうらぶろぐとして引き続き投稿していこうかなと思う。あと日常の楽しかった事や作ったお菓子、お気に入りのお店やアイテムを見つけた時や嬉しくなった出来事とか。
こっちの公式ブログは絵やアートに関することや、私の絵に関する成長記録やメモ的なことや、とにかくそんな事。
こんな分け方をしようと思ったよ
(今の時点での話だけどね)
あとはねー!
絵ーさあ、
売るんじゃなくて『欲しい』って思ってもらえて、連絡が向こうから来るくらいじゃないと少なくともダメだよね、と思った
そう思ってもらえるような作品作ろう
クッソー!
パッと見ただけで私だ、って分かるような絵や作風に辿り着けますように
そんなとこかな。
今までなんとなく絵を描いてきて、ちょっと褒められたり数枚買ってもらえたりして調子に乗っていたのかな。私の絵はジャンル分けすると【現代アート】というものに入るのだと思う。(まだアートと言える境地に達しているいないは置いといて)
でも今まで私、自分が足を踏み入れている世界の事なーんにも知ろうともしなかった。見るのは好きだったけどただそれだけ。でも今回くやしい、って思っちゃったんだよ。それがちょっと衝撃的だった。なんでそう思うの?って自分でも。
まだ知らない世界の事に私は初めてちゃんと目を向け始めたんだと思う。そして今ちょっと楽しい。もっと知りたくなってきている。現代アートが好きな人とお話しするのも超楽しい。
さあ私はどうなっていくかな。
長々と読んでくれてありがとう。
だいかんしゃだ。
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おわり。

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