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変わりゆく時代の中で私たちが求める、本質的な豊かさと美の力
変わりゆく日々の中で、愛と自らの果たすべき役割を両立させたいと願うあなたに向けて、私は日々、様々な表現を紡ぎ出しています。「人は幸せになるためにのみ、この世に送り出された」という揺るぎない確信を胸に、鑑賞する方の存在そのものを全肯定するエネルギーを込めて活動を続けてきました。
私たちの社会では今、人々の心と身体をより豊かな状態へと導くための素晴らしい取り組みが次々と生まれています。例えば、2024年3月には、千葉県にある佐倉市立美術館において、認知症の当事者とそのご家族を対象に、絵画鑑賞を通じて対話を促す心温まるプログラムが開催され、表現を通じた心の回復が大きな注目を集めました。
また、2024年5月12日には、東北芸術工科大学において、温泉地という豊かな自然環境を舞台にした持続可能な表現活動と心の健康を育む人材育成プログラムの事前説明会が開催されました。さらに、2024年8月2日から約半月にわたり、東京都の葛西臨海公園周辺にて、自然の風景と表現作品が織りなす「海とつながる。」をテーマにした展示が行われ、訪れる人々に深い癒やしの空間が提供されました。表現の力で心を潤し、人々のつながりを生み出すこれらの活動は、社会全体に大きな希望を与えています。
充実した仕事や家庭生活を送りながらも、ふと立ち止まり、ご自身の人生における「生きがい」や「生きている意義」について深く考えを巡らせる瞬間があるのではないでしょうか。あなたはきっと、日々の生活の中で「喜び」や「感動」をとても大切にされており、「より自分らしい人生を心から楽しみたい」と純粋に願っておられることでしょう。社会的な役割を立派に果たすだけでなく、ご自身の内側から湧き上がる温かな感情に素直に耳を傾けたいというその思いは、命が本来の輝きを放とうとする素晴らしい兆しです。
この記事では、見えない内面の世界と目に見える現実の世界、その両方を大切にされるあなたに向けて、美と心の豊かさを探求する旅をご案内します。
アジアで初めてノーベル文学賞を受賞したインドの偉大な詩人であり思想家、ラビンドラナート・タゴール氏は、詩集『迷い鳥(Stray Birds)』の中で次のような美しい名言を残しています。
「雲は、私の人生に雨を降らせるためではなく、私の夕暮れの空に色を添えるためにやってくる」
ここでタゴール氏が描く「雲」とは、私たちが人生で直面する困難や悲しみ、あるいは予期せぬトラブルを指しています。心が荒んでいる時や余裕がない時期には、その雲はただ冷たい雨(涙)を降らせ、心の平穏を脅かす「嵐」のように思えるかもしれません。しかし彼は、精神的な成熟と受容の境地(人生の夕暮れ)に達したとき、かつて忌み嫌っていたその不穏な雲こそが、夕日の光を反射することで空を最も美しく、複雑なグラデーションで彩ってくれる不可欠な存在なのだと気づきました。
つまり、過去の傷やネガティブな出来事を無理に忘れ去ろうとしたり、否定したりするのではなく、「これもまた、私の人生という空に深みを与え、美しく彩るための大切な色彩の一部なのだ」と柔らかく受け入れること。そのように、人生に訪れるあらゆる出来事を自らの命の輝きとして肯定し、全身で味わう視点を持つことこそが、より豊かで穏やかな世界へと歩み出すための確かな道標となるのです。
内なる障害を取り除き、生命のエネルギーを循環させる叡智
私たちが日常の中で耳にするウェルビーイングとは、単に病気ではない状態を指す言葉ではありません。それは、心と身体の両方が安定し、自分らしく生きられている状態を意味します。そしてアートとは、キャンバスに描かれた色彩や彫刻といった形ある作品だけを指すものではありません。そこには、作り手の視点や感覚が込められ、それに触れた人の感性と静かに響き合う瞬間があります。この二つが重なるとき、私たちは日々を前向きに生きるための活力を自然に取り戻していきます。
この生命の喜びと豊かさの本質を深く理解する上で、インドをはじめとするアジア全域で古くから愛され続けている神、ガネーシャの姿と物語は、私たちに極めて重要な示唆を与えてくれます。象の頭と人間の体を持つこの神は、「障害を取り除く神」「富と学問の神」として広く知られていますが、その独特な姿の1つ1つには、人間の内面を整え、人生を豊かにするための深い哲学が込められています。
ガネーシャの「大きな頭」は、物事の表面にとらわれない広い視野と深い叡智を表しています。「大きな耳」は、他者の悩みや喜び、そして何よりも自分自身の内なる声を優しく聴き入れる受容の力を示しています。反対に「小さな目」は、外部の目まぐるしい変化や他人の評価に惑わされることなく、自分にとっての真実を真っ直ぐに見つめる集中力を象徴しています。
さらに特徴的なのが、ぽってりとした「大きなお腹」です。これは、人生において経験する嬉しい出来事も、悲しい出来事も、すべてを自分の中に飲み込み、消化し、自らの糧とするという絶対的な肯定の力を意味しています。ガネーシャは、右手で「折れた牙」を持っています。伝説によれば、彼は偉大な叙事詩を書き留める際、ペンが壊れてしまったために、ためらうことなく自らの牙を折り、それを筆の代わりにして書き続けたとされています。これは、目的を達成するための情熱や自己犠牲を表すとともに、「不完全さの中にこそ宿る美しさ」を教えてくれます。
ガネーシャの足元に必ず描かれているのが「ネズミ」です。暗闇をせわしなく動き回るネズミは、私たち人間の心の中にある「とめどない欲望」や「不安」を象徴しています。ガネーシャがそのネズミを従え、乗り物にしているのは、欲望を完全に無くすのではなく、それを適切にコントロールし、前へ進むための推進力へと変えることができるという教えなのです。
このガネーシャをはじめとするインドの神々の姿を、誰もが愛せる視覚的な美しさとして大衆に広め、人々のウェルビーイングに多大な貢献をした人物がいます。それが「近代インド美術の父」と称される画家、ラージャ・ラヴィ・ヴァルマ氏(1848–1906)です。
それまで、インドにおける神々の美しい姿は、様式化された細密画や、限られた寺院の奥底にある壁画、あるいは王侯貴族のプライベートなコレクションとしてしか存在していませんでした。しかしヴァルマ氏は、ヨーロッパから伝わった最新の「油彩画の技法(遠近法や陰影法)」と、インド固有の神話(マハーバーラタやラーマーヤナ)を見事に融合させました。彼の手によって、神々は初めて「血の通った温かな人間らしさ」と「極彩色に輝く写実的な美しさ」を与えられたのです。
しかし、彼の真の偉大さは「絵を描いたこと」そのものだけではありません。油彩の原画は依然として高価であり、一部の特権階級しか買えないことに心を痛めた彼は、1894年、最先端の多色刷り石版印刷(オレオグラフ)の工房を自ら設立しました。自らの最高傑作をあえて大量に複製し、極めて安価な「カレンダー・アート」として一般の家庭に届けるという、当時としては破天荒な行動に出たのです。
鮮やかな色彩で身近に描かれたガネーシャやサラスヴァティー(弁才天)、ラクシュミー(吉祥天)の絵は、国境や身分の壁を越え、たちまちインド中の人々の家に飾られました。見えない精神的な世界が視覚的なアートとして現実の部屋に現れたことで、それは日々の祈り(プージャー)と心の安らぎの絶対的な中心地となったのです。
どれほど貧しく過酷な日常にあっても、家に帰れば美しく慈愛に満ちた神様が微笑んでくれている。ヴァルマ氏のこの行動は、美の力が決して一部の特権階級のものではなく、すべての人の心を癒やし、豊かにするために存在していることを証明する、偉大な「美の民主化」の出来事でした。これは、インドの文化史における極めて重要な歴史的事実であり、アートが特権階級の占有物から解放され、大衆の心(ウェルビーイング)を救う力となった最も美しい成功例の一つです。

日常の中で感覚をひらき、エネルギーを回復させる段階的アプローチ
では、このガネーシャの叡智と生命のエネルギーを、私たちはどのようにして日常に落とし込めばよいのでしょうか。論理や効率だけが重視されがちな現代社会において、理屈では説明できない純粋な感情は、枯渇しがちな内面を潤すために不可欠です。以下の3つの段階的な過程を通じて、ご自身の感覚を優しく呼び覚ましていきましょう。
第1の段階は、「現状の自分をただ丸ごと受け入れること」です。
私たちは「もっと頑張らなければ」「こんな自分ではだめだ」と厳しくなりがちですが、まずはガネーシャの大きなお腹のように、「今は疲れている」「今の私はこれを美しいと感じている」というありのままの感情を、良い悪いの判断をせずにただ受け止めます。
第2の段階は、「不要な力みや執着をコントロールすること」です。
誰かの期待に応えるための無理な行動や、結果に対する強すぎる執着は、心の中のネズミが暴れ回っている状態です。ガネーシャがネズミを優しく乗りこなすように、「今日はここまでできたから十分だ」と、自分を許し、力みを手放す時間を一日に一度だけでも持ちます。
第3の段階は、「純粋な五感を開き、美しさを味わうこと」です。
ガネーシャの手には、モーダカと呼ばれる甘いお菓子が握られています。これは、厳しい探求のあとに得られる精神的な喜びの甘美さを表しています。日常の中で、自然の景色や美しい色彩、心地よい香りに触れ、ただ「好きだ」「心地よい」という純粋な感情に身を委ね、心に甘い栄養を与えてあげるのです。
ここで、極限のプレッシャーの中で美(アート)に没頭し、自らの感性を取り戻したある起業家の実話をご紹介します。
株式会社スマイルズの創業者である遠山正道氏は、かつて総合商社の社員として第一線で活躍する中で、拭い去れない閉塞感と向き合っていました。巨大な組織の中で数字と論理という「正解」を出し続けることを求められ、無意識のうちに「完璧なビジネスマンであり続けなければならない」という強い自制心に縛られていたのです。終わりなき目標追求という激流の中で、いつしか自分本来の柔らかな感性や、心の奥底にある純粋な衝動が磨り減っていくような、形にできない息苦しさを抱えておられました。
そんな彼を救ったのは、「絵」を描くという行為でした。彼は肩書きや論理、そして「効率」という社会的な制約を一度すべて手放し、休日に一人キャンバスに向かって、ただ自分の直感に従って色を重ねていきました。その静かな色彩の混ざり合いに没入する時間は、彼にとって、外側から求められる自分ではなく「ありのままの自分」へと戻れる唯一の聖域だったと言います。
1996年に代官山で自作の個展(「静かな絵」)を開催するという、一見ビジネスとは無関係な「自己表現」のステップを経たことで、彼は「正解がなくても、自分の純粋な感性を信じて形にしていいのだ」という深い確信を得ました。この心のゆとりを取り戻したことで、彼は「数字で完璧な正解を出す」という力みから解き放たれ、本来の瑞々しい直感力を取り戻したそうです。
結果として、市場データという論理の集積からではなく、一人の架空の女性の心の機微を見つめる物語の中から、「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」という全く新しい事業のアイデアが自然と湧き上がりました。現在では「ビジネスは作品(アート)である」という哲学のもと、数字よりも一人ひとりの「共感」を大切にする経営を実践し、組織全体が温かなエネルギーに満たされる、理想的な関係性を築き上げておられます。
この「無心の行為」がもたらす心の平穏について、ロシアの偉大な文豪であるレフ・トルストイ氏の歩みが素晴らしい教訓を残してくれています。トルストイ氏は、『戦争と平和』などの大作で世界的な名声を得たことによる周囲の喧騒や、執筆に伴う途方もない重圧、そして深い実存的な危機(精神的苦悩)に直面していました。そのような過酷な状況の中で、彼は書斎を離れ、職人に弟子入りしてまで自らの手で革を縫い合わせる「靴づくり」の時間を持ちました。
これは単に、彼が提唱した「農民のような質素な労働に戻る」という思想的なアピールだけではありませんでした。硬い革に錐(きり)で穴を開け、ひと針ひと針力強く糸を通していくという規則的な反復運動を伴う手仕事は、彼にとって荒れ狂う心を整えるための極めて重要な瞑想であり、一種のアート的な没入状態でした。手と身体を動かし、ただ目の前の実用的な靴が形作られていく過程に集中することで、彼は知的な苦悩や外部の不安から離れ、自らの内なる平和を維持していたのです。トルストイ氏のこの習慣は、私たちが日常の中でささやかな手作業や無心になれる行為に意識を向けることが、どれほど心を整え、強大な障害を乗り越えるエネルギーとなるかを教えてくれます。
感情の波を越えて見出した、自らを肯定する確かな喜びの物語
美に触れ、心を整える習慣は、私たちの行動や周囲との関係性に目に見える変化をもたらします。
ここで、極度の完璧主義から心身を壊しかけたものの、「不完全なアート」を通じて自らを変容させたある女性リーダーの実話をご紹介します。
世界的なベストセラー作家であり、ヒューストン大学の研究教授、そして自身の教育研究企業のCEOも務めるブレネー・ブラウン氏は、40代を迎えた頃、仕事でも家庭でも常に高い目標を掲げ、すべてを完璧にコントロールしようと日々奔走していました。彼女は極めて優秀な研究者でしたが、他人の期待に応えようとするあまり、自分自身の本当の感情を奥底に押し殺していました。「私が隙を見せなければうまくいく」「もっと完璧にならなければ」と無理に強く振る舞い続け、ついに心身ともに限界(彼女自身が「スピリチュアル・アウェイクニング(魂の覚醒)」と呼ぶブレイクダウン)に達してしまったのです。
そんな彼女を救い、完璧主義を手放すきっかけとなったのは、自ら手を動かして生み出す「不完全な創造性(アート)」との出会いでした。彼女はセラピストの助言を受け、評価や結果を一切気にせず、ただ心のままに絵の具を塗りたくる「乱雑なアート(Crappy Art)」や写真制作を始めました。決して均整のとれた美しい形ではなく、荒々しく不規則な自分の作品に向き合った瞬間、彼女の胸の奥で張り詰めていた糸がふっと切れました。
彼女の目からは涙が溢れ出しました。それは、長い間押し殺してきた「完璧でなければ愛されない」というプレッシャーが、安全な場所で解放された瞬間でした。彼女は、傷つき、いびつな部分を抱えた自分自身の「弱さ(ヴァルネラビリティ)」こそが、この不格好な絵のように力強く、美しい創造性と勇気の源なのだと心の底から納得したのです。
その日を境に、彼女の行動は大きく変わりました。自分の感情を否定せずに受け入れるようになり、「今は疲れている」「助けが必要だ」と周囲に素直に伝えられるようになりました。心の緊張が解けたことで、彼女はそれまでの「過労をステータスとする生き方」を手放し、睡眠時間を大幅に増やして(現在も1日8時間を徹底)体調を劇的に改善させました。心にゆとりが生まれたことで、職場でのコミュニケーションも驚くほど円滑になりました。
彼女はこの「自分の不完全さや弱さを受け入れるリーダーシップ」を体系化し、現在ではピクサーやIBMなど世界中のフォーチュン50企業に導入され、組織の心理的安全性やチームの生産性を劇的に向上させるという明確な結果をもたらしています。そしてそれは、現代のビジネスシーンにおいて最も重要視されている概念の一つとなっています。自分の内面を豊かにし、不完全さを受け入れることが、現実世界を好転させる最も強力な手段であることを、彼女の人生が見事に証明したのです。
塗りつぶされた言葉から生まれた命:タゴール晩年の無意識アート
この「自らの内面を形にし、不完全さを愛する」ことの偉大な力について、先ほども触れたインドの詩人、ラビンドラナート・タゴール氏の晩年のエピソードは、私たちに極めて重要な示唆を与えてくれます。
彼はアジア初のノーベル文学賞を受賞し、言葉を操る「最高の表現者」として世界的な名声と権威を得ていました。しかし彼は、63歳を過ぎた晩年になってから、突如として本格的に絵筆を握り始めます。
そのきっかけは、まっさらなキャンバスに向かったからではなく、彼が日々書き直していた詩集(『プーロビ』など)の原稿の中にありました。彼は推敲の過程で、不要になった文字や間違えた単語をただ横線で打ち消すのではなく、その黒いインクの「消し跡」同士をリズミカルな線で繋ぎ合わせ、塗りつぶしを重ねていきました。すると、その無意識のインクの軌跡が、不思議な鳥や、未知の動物、あるいは沈思する人間の顔のような形(エラージャー・アート/抹消の芸術)となって、紙の上に立ち現れてきたのです。
「意味」や「文法」という厳格なルールの世界で長年生きてきたタゴール氏にとって、この発見は衝撃でした。彼は、言葉や論理では決して表現しきれない、自分自身の心の奥底にある「無意識のエネルギー(名状しがたい衝動、恐怖、あるいは根源的な生命力)」を、色彩と線という新たな形で解き放つことに没頭し始めました。
彼は美術の専門的な訓練を受けたことは一度もなく、遠近法や伝統的な技法にも一切縛られませんでした。「ノーベル賞作家がこんな落書きを」という周囲の当惑や評価すらも意に介さず、ただ内側から湧き上がるリズムのままに、亡くなるまでの約15年間で2,500点から3,000点にも及ぶ膨大な絵を描き上げ、のちにヨーロッパ各地で個展を開くまでになりました。
「言葉による正解」という枠組みから解放され、間違えた文字(失敗)さえも新しいアートの一部として肯定していく純粋な表現の時間は、晩年の彼にとって計り知れない癒やしと、生命の歓喜をもたらしました。タゴール氏のこの歩みは、表現を通じた心の解放には「遅すぎる」ということは決してなく、自らの内なる衝動に素直に従うことが、人間の命をいつまでも瑞々しく輝かせ続けることを教えてくれます。
心を自由に羽ばたかせるために解き放ちたい、いくつかの思い込み
アートやウェルビーイングの恩恵を十分に受け取り、生命の歓びを高める過程において、多くの人が無意識のうちに抱いてしまういくつかの思い込みが存在します。ここでそれらの疑問を整理し、より自由に心を羽ばたかせるための視点を見つめ直してみましょう。
最もよく見受けられる誤解の1つは、「素晴らしい作品を楽しむためには、専門的な知識や高度な教養が不可欠である」という思い込みです。歴史的な背景や技法を知ることは有意義ですが、それは決して必須条件ではありません。最も大切なのは、知識ではなく「あなたの心がどう反応したか」という事実に尽きます。胸が微かに高鳴ったり、色が綺麗だと感じたりしたのなら、それはあなたの命のエネルギーが作品と完璧に共鳴した証拠なのです。知識がないからといって気後れする必要は全くありません。
また、「ウェルビーイングとは、常に前向きで全く落ち込まない状態を維持することだ」という誤解も頻繁に見受けられます。本当の心の豊かさとは、悲しみや怒り、迷いといった複雑な感情を無理に消し去ることではありません。それらのネガティブに思える感情も、ガネーシャが大きなお腹ですべてを飲み込むように、自分自身の一部として優しく受け止めることこそが重要です。
ガネーシャの小さな目が、外側の評価ではなく自らの内側の真実を見つめることを教えてくれるように、他人の目から見て自分がどうであるかよりも、自分自身が今、何を感じているのかを最優先にしてください。人生には思い通りにいかない試練が必ず訪れます。しかし、マハトマ・ガンディー氏が「喜びは、勝利そのものの中ではなく、そこに至るまでの努力の中にある。」という言葉を残している通り、結果がすべてではありません。迷いながらも自らの感性を信じて歩みを進めるその過程そのものに、豊かな命の喜びが宿っているのです。
無理に自分をポジティブな型にはめるのではなく、ご自身のどんな感情もただ優しく見つめ、許してあげてください。その受容の姿勢こそが、あなたを本当の意味での自由へと導いてくれます。
生命の歓びを日常に描き出すための、ささやかな実践と特別な空間
ここまで、インドの偉大な神であるガネーシャの教えや歴史的な偉人たちの歩みを交えながら、私たちの命を輝かせるための様々な視点をお伝えしてきました。今回の内容の重要な視点を3つに集約いたします。
- 自分のいびつさや不完全さを否定せず、それを受け入れることで独自の美しさが生まれるということ。
- 外部の評価や過度な欲望をコントロールし、内なる声に純粋に耳を傾ける時間を持つこと。
- 悲しみや迷いといった経験もすべて消化し、それを前に進むエネルギーへと変えていくしなやかさを持つことです。
これらを日常に落とし込むための、今すぐにできる小さな行動の具体案をご提案いたします。明日の朝、お目覚めになった後、窓を開けて外の空気を部屋に取り入れてみてください。そして、両手の手のひらを上に向けて胸の高さに掲げ、10秒間だけ、そこに降り注ぐ太陽の光や、手のひらをかすめる風の温度をただじっくりと味わってみてください。特別な道具も言葉も必要ありません。この極めてささやかな時間が、あなたの意識を「今」に引き戻し、生命のエネルギーを優しく満たし始める素晴らしいきっかけとなります。
アメリカを代表する童話の1つである『オズの魔法使い』の中で、様々な冒険と試練を乗り越えた主人公のドロシー氏は、最後に「場所がどこであれ、おうちが一番いいわ」という言葉を残します。私たちが探し求める本当の豊かさや心の平穏は、遠くのどこかにあるのではなく、自分自身の心がくつろげる場所、すなわちご自身の内側に最初から存在しているのです。
最後に、日本が誇る素晴らしい空間を1つご紹介いたします。石川県金沢市の豊かな緑に包まれた本多の森に隣接する「鈴木大拙館(すずきだいせつかん)」です。この施設は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の新館などを手掛けた世界的な建築家、谷口吉生氏によって設計されました。禅(ZEN)の思想を世界に広めた仏教哲学者・鈴木大拙氏の精神世界を体現するために、この静寂の空間は構想されました。
来館者は、「玄関の庭」から入り、長く薄暗い回廊を抜けることで、日常の喧騒から少しずつ離れていきます。その先に広がるのが、周囲の木々や空を鏡のように映し出す美しい「水鏡の庭」と、その水面に浮かぶように建つ四角い「思索空間」です。無駄を極限まで削ぎ落とした端正な建築は、自然の光や風の音、そして水の波紋だけを際立たせ、訪れる者を自然と深い瞑想へと導きます。館内には大拙氏の書や言葉が展示されていますが、この場所の最大の魅力は「空間そのもの」と、そこに映し出される「自分自身の心」と向き合えることです。静かに波打つ水面を眺めながら、時空を超えた禅の精神に触れるとき、現代に生きる私たちの心も深く整えられ、本来の穏やかなエネルギーを取り戻していくのを感じるはずです。見えない精神世界と自然が見事に調和したこの場所へ、ぜひ1度足を運んでみてください。

最後に、あなたへ大切なメッセージをお伝えします。
愛と使命を両立するあなたへ。
私たちがこの世に生まれてきた理由は、
決して苦しんだり、人を恨んだり悲しんだり、傷つけ合ったりするためではありません。
命とは、喜びを味わうために生まれてきたものです。
命の温かさを感じ、知り、「生きててよかった」とほっとして、安心してニコニコ笑うために生まれてきたのです。
私たちは、絶対的に今世の命を楽しむべきなのです。
『愛のある場所でこそ、人は生きる力を得る。』
『人生とは、喜びという宝物を探す旅である。』
『温かな感情は体温を上げ、人を幸せへ導く。』
どうぞ忘れないでください。
『あなたは、神様がつくった最高傑作』です。
あなたの命が、これからも喜びというパワフルなエネルギーで満たされ、温かな笑顔とともに輝き続けることを心から願っています。

私は、「人は幸せになるためにのみ、この世に送り出された」という揺るぎない確信を持ったアーティストです。
愛や喜びは、抽象的な概念などではなく、私たちの「生命維持に不可欠な根源」だと考えています。
だからこそ、私のアートやメッセージには、あなたの存在そのものを絶対的な価値として全肯定するエネルギーを込めています。
あなたがいつも、大いなる愛と光に守られていますように。
そして、あなたの大切な命の時間が、たくさんの幸運と共にありますように。
nao
【参考情報、引用元】
- 佐倉市立美術館(認知症の方とご家族のための美術鑑賞会)
- 東北芸術工科大学(文化庁補助事業:温泉地を舞台にした持続可能な「アート&ウェルビーイング」人材育成プログラム【受講無料】)
- 東京都(「海とつながる。アートをめぐる。― Harmony with Nature ―」 4万本の向日葵と4つのアートが織りなす世界)
- IDEAS FOR GOOD(医師が「アート体験」を処方?患者の心を癒すフランスの美術館)
- 名言+Quotes(ラビンドラナート・タゴールの名言・格言)
- 名言+Quotes(マハトマ・ガンディーの名言・格言)
- Wikipedia(ガネーシャ)
- Wikipedia(ラヴィ・ヴァルマ)
- Wikipedia(マハトマ・ガンディー)
- Wikipedia(ラビンドラナート・タゴール)
- Wikipedia(オズの魔法使い)
- 岩波書店(岩波文庫『タゴール詩集 迷い鳥』)
- 平凡社(東洋文庫『タゴール著作集』)
- 公益財団法人 日印協会(タゴールの生涯と思想)
- 天竺からの手紙(現代インド神様絵の祖:ラージャー・ラヴィ・ヴァルマ)
- 神戸大学 美術史研究室(インド近代美術考 〜ラジャ・ラヴィ・ヴァルマの生涯と作品について)
- 世界の名画な画家の作品(ラヴィ・ヴァルマ)
- Smiles - 株式会社スマイルズ(「遠山正道の仕事」展)
- Adecco Group(Vol.32 インタビュー:スマイルズ代表取締役社長 遠山正道さん)
- LEON(Soup Stock Tokyoを作った遠山正道「100歳までは仕事をするつもり」)
- ロシア・ビヨンド(文豪トルストイの意外な趣味:なぜ彼は自ら靴を作ったのか)
- サライ.jp(偉人たちの気分転換:トルストイは「靴作り」で心を整えた)
- TED(The power of vulnerability | Brené Brown)
- ATY-Japan(書籍 dare to lead リーダーに必要な勇気を磨く)
- 株式会社コーナー(「ヴァルネラビリティ」を発揮して“弱さ”をマネジメントに活かす方法とは)
- のこぎりブログ(自分の弱みを見せた方がいい?ブレネー・ブラウン「傷つく心の力」)
-
福岡アジア美術館(コレクション:ラビンドラナート・タゴール)
-
公益財団法人 日印協会(タゴールの生涯と思想)
-
大倉精神文化研究所(心の交流 タゴールと邦彦:タゴールの絵画)
- 鈴木大拙館(公式サイト)
- ほっと石川旅ねっと(鈴木大拙館)
- Casa BRUTUS(建築家・谷口吉生の最高傑作とも言える〈鈴木大拙館〉へ)





