浮世絵とジャポニスム ― 庶民の版画が、西洋の絵画を変えた

江戸時代の日本で、庶民が買っていた木版画があります。浮世絵です。この日本のローカルな絵が、海を渡って西洋の絵画を変えました。

北斎、広重、歌麿

「神奈川沖浪裏」の大きな波で知られる葛飾北斎。「東海道五十三次」「名所江戸百景」で宿場や町の景色を描いた歌川広重。美人画の喜多川歌麿。浮世絵は、風景、役者、暮らし、遊び、そのときの江戸の「いま」を刷ったものでした。

一枚ずつ手で描く絵ではなく、版木で刷る印刷物です。だから安く、たくさん出まわりました。芸術というより、身近な消費物に近い立ち位置でした。

海を渡って、ジャポニスムになる

1850年代に日本が開国すると、大量の浮世絵がヨーロッパへ渡ります。骨董商や蚤の市を通じて広まり、パリ万博などで注目され、「ジャポニスム」と呼ばれる日本ブームが起きました。

ちょうど印象派の画家たちが活動を始めた時期でした。鮮やかな色、大胆な構図、平らな画面。それまでの西洋絵画になかった要素として、大きな影響を与えます。

色ガラス
庶民が買っていた版画が、遠くの絵画を変えました ― Photo by Mermaid nao

モネさんとゴッホさん

クロード・モネさんは自宅に浮世絵を集めていました。生涯に200点以上描いた睡蓮には、日本風の太鼓橋が登場します。これは広重の「名所江戸百景」の影響とされています。

フィンセント・ファン・ゴッホさんは、「タンギー爺さん」の背景を浮世絵で埋め、広重の風景画を油絵で模写しました。西洋の技法と浮世絵を混ぜながら、自分の画風をつくっていきました。

ローカルな日常が、遠くを動かす

浮世絵の話で好きなのは、描かれているのが特別なものではない、というところです。宿場町、波、雨、町の女性。江戸の人にとっては日常でした。その日常の絵が、海の向こうの画家の手を動かした。

わたしは山形から絵を発信しています。ここでの日常やこの土地の色が、いつかどこかの誰かに届くかもしれない。浮世絵の歴史は、そう思わせてくれます。

Mermaid nao のオーダーアートも、あなたの日常の中にある色を、一枚に残す仕事です。


【参考にした情報・引用元】

TOKYO MX+(浮世絵の衝撃はモネさんやセザンヌへ…世界に影響を与えた"ジャポニズム")
アダチ版画研究所[北斎今昔](浮世絵の魅力に心酔していたゴッホさん/北斎の浮世絵に夢中になった西洋の芸術家たち)
浮世絵師「歌川広重」の生涯(刀剣ワールド浮世絵)

https://s.mxtv.jp/tokyomxplus/mx/article/202108281150/detail/
https://www.adachi-hanga.com/hokusai/page/enjoy_97
https://www.touken-world-ukiyoe.jp/ukiyoe-artist/utagawa-hiroshige/


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PERSONAL ORDER ART / BUSINESS ART

Mermaid nao(マーメイド ナオ)は、対話を通して受け取った想いを、色・形・光を重ねて一枚の原画にしています。描いているのは、命の可能性と美しさ。事業のご依頼であれば、その事業が大切にしている価値です。額装込みでお届けしています。

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