
一日のうちに、数え切れないほどの判断を下している。誰かの相談に答え、数字を見て、次の一手を決める。
そういう毎日を過ごす人ほど、家に帰ってからの数十分が、自分をもとの場所へ戻してくれます。
目に入るところに、意味を持った一枚のものがある。それだけで、翌朝の始まり方が変わることがあります。
この感覚は、今に始まったことではありません。
山形県の南、米沢という土地には、ものを大切にあつかう心が、四百年以上にわたって受け継がれてきました。
その土台をつくった三人の歩みを、現代の暮らしとウェルビーイングの視点からたどります。
雪国に、ものをつくる力を根づかせた人
上杉鷹山(うえすぎ ようざん)氏は、宝暦元年(1751年)に日向国高鍋藩主の次男として江戸で生まれ、明和4年(1767年)、17歳で米沢藩主となりました。
当時の米沢藩は、石高に見合わない家臣団をかかえ、借財が積み重なっていました。
鷹山氏はまず大倹約令を出し、藩の支出を切り詰めます。
そのうえで、農地の立て直し、藩校の整備、そして産業の育成へと手を広げていきました。
とりわけ力を注いだのが、ものづくりです。養蚕、織物、陶磁器、和紙。
置賜地方でとれる青苧を原料にした縮織から始まり、やがて養蚕と絹織物へと発展していきます。これがのちの米沢織です。
数字の上では、収入源をふやすための政策でした。
ただ、その根にあったのは、土地に住む人が自分の手で価値を生み、暮らしを立てられるようにしたいという願いだったのではないでしょうか。
ものを丁寧につくる文化は、こうして雪国に根を張りました。
「愛」の一文字と、書物を集めた執政
時代をさかのぼると、米沢には直江兼続(なおえ かねつぐ)氏がいます。
上杉家の家老として、藩の政治を実際に動かした人物です。
兼続氏の名を知らなくても、前立てに「愛」の一文字をかかげた兜を目にしたことがある方は多いかもしれません。
この兜は今も、米沢の上杉神社 稽照殿に納められています。「愛」の由来には、仏教の愛染明王からとったという説と、上杉謙信氏が信仰した愛宕権現からとったという説があります。
兼続氏がもう一つ残したのが、書物です。
元和4年(1618年)、禅林寺(現在の法泉寺)を建て、その中に禅林文庫という学びの場をつくりました。米沢藩士の子どもたちを教えるためのもので、兼続氏が集めた書物の一部は、今も文化財として伝わっています。
戦国の世を生きた人が、武力だけでなく、知と教養で土地を治めようとした。
その姿勢が、米沢に一つの型を残したと考えられています。
受け継がれてきた、美をあつかう姿勢

上杉神社が祀るのは、上杉家の祖である上杉謙信(うえすぎ けんしん)氏です。
謙信氏自身は越後の人でしたが、その家は会津を経て米沢へ移り、上杉家の歴史はこの土地に根を下ろしました。
稽照殿には、兜のほかにも、当時の武具、装束、書、工芸品が数多く納められています。
そこに並ぶものを見ていると、身につけるものや手に取るものを、ただの道具として扱っていなかったことが伝わってきます。
脳と美術に関する研究では、心が動く絵画を見たとき、前頭前野の血流が変化し、報酬にかかわる部位が反応することが報告されています。
気持ちが落ち着く方向へ自律神経が傾くという測定結果もあります。
数分間、意味のあるものと向き合う。それだけで、体のほうから緊張がほどけていきます。
米沢の人たちは、この効き目を言葉にはしなかったかもしれません。
それでも、美をあつかう手つきを日々の中に置いていた。四百年前の型が、今の暮らしにも当てはまるように思えます。
山形で、一枚を描くということ
わたしは山形県上山市で、対話をもとにした一点物の原画を描いています。
米沢とは車で一時間ほどの距離で、同じ雪国の空気の中で制作しています。
絵を受け取った方から、こんな声をいただくことがあります。
「決断に迷う日、目に入る場所にこれがあると、最初に何を大切にしたかったかを思い出せる」。
米沢の三人が残したのは、政策や兜そのものではなく、ものを通して自分の芯へ戻るという習慣だったのではないでしょうか。
その習慣は、美術館でも、家の壁の一枚でも、同じようにはたらきます。
今日、判断を重ねて疲れた人の部屋に、翌朝また前を向くための一枚があること。
それは、この土地がずっと大切にしてきたことの続きなのだと思っています。

【参考情報、引用元】
米沢市上杉博物館 伝国の杜(鷹山シアター)
米沢観光NAVI(上杉鷹山)
米沢観光NAVI(直江兼続関連の史跡)
刀剣ワールド(直江兼続ゆかりの史跡/直江兼続の甲冑)
直江兼続・米沢.com(法泉寺)
これいい和(上杉鷹山とは|米沢織を生んだ改革と「なせば成る」の本当の意味)
Wikipedia(上杉鷹山/直江兼続)
https://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/yozan.htm
https://www.yonezawa-kankou-navi.com/person/yozan.html
https://www.yonezawa-kankou-navi.com/person/naoe_02.html
https://www.touken-world.jp/tips/44023/
https://www.touken-world.jp/tips/40313/
http://www.naoe-kanetugu.com/trip_yonezawa/housenji.html
https://japan-novelty.jp/column/616/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E9%B7%B9%E5%B1%B1
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E6%B1%9F%E5%85%BC%E7%B6%9A
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