
世界の神話は、生きる力を、否定せずに讃えてきました。
欲も、障害も、沈む太陽も。まるごと肯定して、神のかたちにしてきたことが、いくつもの文化に共通しています。
ガネーシャ ―― 障害を、取り除くもの
ガネーシャは、ヒンドゥー教の神です。象の頭を持ち、太い体をしています。
ガネーシャは、あらゆる障害を取り除く力の象徴とされています。学問や商業の神としても信仰されています。
行く手をふさぐものを、避けるべき不運としてではなく、神が関わる領域として扱う。困難を人生の一部として受けとめる見方が、ここにあるのではないでしょうか。
バリ島のバロン ―― 善と悪は、どちらも勝たない
バロンは、バリ島の聖獣です。獅子に似た姿で、災いを防ぐ善の象徴とされています。対となるのが、魔女ランダです。
バロンとランダは、終わらない戦いを続けていると語られます。どちらが倒れても、必ず生まれ変わって再び戦い始めます。
バリの人々は、世界は善と悪のバランスで成り立っていると考えています。伝統舞踊のバロンダンスでも、二者は激しく戦いますが、どちらも完全には勝ちません。
片方をなくすことではなく、両方があるまま釣り合いを保つことを、この物語は大事にしているように見えます。

古代エジプトのラー ―― 沈んでも、必ず昇る
ラーは、古代エジプトの太陽神です。宇宙の創造者であり、すべての生命の源とされています。
ラーは太陽そのものであり、朝に東から昇り、夕に西へ沈みます。一日のうちに死と再生をくり返す、不死の存在として語られています。
暗くなることは、終わりではありません。沈むことと昇ることが、ひとつづきの円として描かれています。
愛染明王 ―― 愛や欲を、悟りに変える
愛染明王は、密教の明王です。サンスクリット名は Rāga-rāja。Rāga は赤色・情熱・愛を、Rāja は王を意味します。
六本の腕を持つ姿は、全身が赤く、頭に獅子の冠をいただき、日輪を背にした赤い蓮の座にすわります。
愛染明王が体現するのは「煩悩即菩提」という教えです。愛欲や煩悩があるからこそ、人はそれを超えたいと願う。消すべきものとされがちな欲を、前に進む力に転じるという考え方です。
生きる力を、まるごと讃える
四つの神に共通しているのは、扱いにくいエネルギーを、遠ざけずに正面から扱っていることです。
障害、対立、闇、欲。どれも、生きていれば必ず出会うものです。
Mermaid nao が描こうとしているのも、ととのった美しさだけではありません。あなたの中にある、生命の力そのものです。
ただ休ませる絵ではなく、前へ進む力をそばに置く絵。世界の神話が讃えてきたものと、向いている方向は同じです。額装を含めてお届けしています。
【参考情報、引用元】
Wikipedia(ガネーシャ/バロン (聖獣)/愛染明王)
エジプト神話・神名リスト(ラー)
waqwaq(ラー、一日を旅するエジプト神話の太陽神)
エグチホールディングス(【バリ島の伝承】聖獣「バロン」と魔女「ランダ」)
コトバンク(愛染明王とは? 意味や使い方)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ガネーシャ
https://ja.wikipedia.org/wiki/バロン_(聖獣)
https://ja.wikipedia.org/wiki/愛染明王
http://www.moonover.jp/bekkan/god/ra.htm
https://eguchi-hd.co.jp/resolabo-bali-barong-rangda/
https://kotobank.jp/word/愛染明王-23739
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